ミトコンドリア・マトリックスへ輸送されるタンパク質は、N末端に余分な配列(プレ配列)が付加された前駆体として細胞質で合成される。プレ配列は2つの膜(外膜・内膜)を通過した後に切断され、膜透過と切断の全ての過程に必要な情報をアミノ酸配列として保持している。このプレ配列を最初に認識し結合するのが、外膜透過装置TOM40複合体中に存在するTom20タンパク質である。プレ配列(アルデヒドデヒドロゲナーゼ)にはコンセンサス配列(LSRLL SXA)として3つの疎水性アミノ酸配列(L:ロイシン)を保持しているが、Tom20にはそれを認識するサブサイトが2つしかない。また、神田ら(九大)によるX線結晶構造解析によって得られた二つのTom20-プレ配列複合体の立体構造は、それぞれ異なる結合様式(A-state(X=Ala)、Y-state(X=Tyr))であった。すなわち、Tom20は複数の結合様式間の動的平衡を利用して、2つのサブサイトで3つの疎水性アミノ酸を認識していると考えられる。この複数の結合様式間の状態遷移を観測し、自由エネルギー差を見積もるために全原子分子動力学計算(MD計算)を行った。結晶構造を初期構造とし、Sim1(A-state、X=Ala)、Sim2(Y-state、X=Ala)、Sim3(A-state、X=Tyr)、Sim4(Y-state、X=Tyr)について500ns間に渡る解析を行った。オリジナルの結晶構造であるSim1、Sim4は安定な複合体を形成する一方、アミノ酸の置換を行ったSim2では、Y-stateからA-stateへの状態遷移が起こり、Sim3ではプレ配列の大きな揺らぎが観測された。
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