本研究の目的は、古代メキシコで社会統合の文化要素として機能した水のシンボリズムとその表象内容の多様性・多義性に着目し、複雑化社会へと至る従来の見解に新たなデータと知見を示すことにあった。このシンボルは、メソアメリカの様々な自然環境やこれに順応した多様な生業形態の中から、独自の過程を経て地域レベルで誕生したと推測できる。異なる起源を持つこれらのシンボルは、社会発展と交易網の広がりによってテオティワカン(前100~後550/600年)を中心に融合し、複数の属性を併せ持つ神となり、やがてアステカ社会(後1325~1521年)でトラロック神として結実したとの観点から、議論を出発させた。今まで通時的に考慮されなかった水のシンボリズムを理解することで、複雑化社会の過程をより総合的に解明することに努めた。 興味深いデータを獲得することができた。プエブラ州トラランカレカ遺跡の「大基壇」内部からは、大規模な水利遺構を検出し、ピラミッドと水が密接に関連していたことが理解できた。さらに、ピラミッドの中心部にあったと推測できる神殿部周辺からは、水の神を模した土製仮面が多数出土した。一方、「ピラミッドB」の頂上部からは埋納遺構が発見され、様々な副葬品が出土した。その大部分は水と関連し、雨乞い儀礼の一環として利用されたと考えられる。一方、「ピラミッドB」は、約700年から800年後に別の集団によって再利用されており、この時代においても生死と水を連想させる装置を残した。それは、大量の川原石を用いたモザイク状の祭壇であり、祭壇は死と再生を表す神を表現していると推測できる。 上記は、為政者は水をシンボル化しこれを介して社会の統合を図っていたとの仮説を補強する。現在は、獲得したデータの総合的解釈を行っている段階にある。今後は、公募研究として、A02班の研究課題に貢献できる観点、そして結論を提示する予定である。
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