公募研究
固体中での電子のミクロな自由度を表現する多極子は、多彩な電子秩序相や物性現象を理解する上での基礎的枠組みを与える。本研究の目的は、こうした多極子自由度の概念を電子液晶に拡張し、さらに電子-ホールペア自由度を表現論に組み込むことで、時間・空間反転およびゲージ対称性の破れた電荷・スピン・電子対液晶相の理論形式をミクロな多極子の立場から構築することである。本年度は時間・空間反転対称性の破れを伴う電子液晶相のもとでの電子状態や、それらの発現に必要なミクロな要素を調べた。従来の回転対称性のみならず他の対称性 (時間・空間反転、ゲージ、鏡映、回映対称性) が破れた電子液晶相では、電子状態に特徴的なスピン分裂構造が現れるため、特異なスピン伝導やマルチフェロイクス応答が期待できる。その中でも特に、従来の電子液晶相の時間反転対称性が破れた際に現れる磁気トロイダル四極子秩序相に対する解析を重点的に行った。磁気トロイダル四極子は時間反転奇でランク2の極性テンソル自由度に相当しており、時間反転操作に関するパリティが従来の電子液晶相のものと異なるため、それに起因した物性現象が期待される。その中でも磁気トロイダル四極子秩序下におけるスピン流生成機構に着目して、理論模型の解析を行った。その結果、磁気トロイダル四極子モーメントの活性に伴って、外因的なスピン流生成が可能であることを明らかにした。さらにこれらのスピン流の源が、波数空間における対称スピンバンド分裂であることを示した。この機構は従来のスピン軌道相互作用や一様磁化に頼らない新しいものであるため、次世代のスピントロニクス材料として大いに期待できるものである。また、磁気トロイダル四極子モーメントが現れうる磁気点群を網羅的に調べ、多くの候補物質の提案を行った。
2: おおむね順調に進展している
当初の計画通り、時間・空間反転対称性をもたない電子液晶相の解析および磁場、電場、およびその複合場を用いた制御方法の理論提案を行えたため。また、多極子と結晶点群の関係性に着目して、多くの候補物質を提案できたことも理由の一つである。
2023年度は、2022年度の研究をさらに発展させて推進する予定である。具体的には以下の2つのテーマに関して重点的に取り組む。(1) 電気トロイダル双極子秩序が示す非対角応答現象:時間反転・空間反転・回転対称性の破れを伴わないが鏡映対称性の破れを伴う電気トロイダル双極子秩序は、新しいタイプの電子液晶相になりうる。これまでに、電気トロイダル双極子秩序がもたらすスピン流生成や反対称熱分極、非線形横磁化応答を明らかにしてきたが、本年度は磁気伝導や非線形電気伝導特性について調べ、より深い知見を得ることを目指す。(2) ゲージ対称性の破れを伴う電子液晶相の解析:超伝導状態を促すゲージ対称性の破れは、電子-ホールペアの空間により張られる電子自由度により表現されるが、従来の多極子分類論を拡張することで多極子と超伝導秩序変数の対応関係を得ることが可能になる。ここでは、ミクロな電子自由度が果たす役割に着目することで、新しい電子対液晶相の発現可能性を検討し、さらにそれがもたらす物性現象について調べる。
すべて 2023 2022 その他
すべて 雑誌論文 (31件) (うち査読あり 31件) 学会発表 (17件) (うち国際学会 5件、 招待講演 3件) 備考 (1件)
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