公募研究
19世紀末に発見された液晶は、21世紀における現在でもなお、凝縮系物理学の研究対象である。特に近年では、結晶の対称性からは予測できない非自明な2回対称性の電子状態を有するネマティック超伝導体や、フラストレーションの強い反強磁性体においてスピン液体状態と磁気秩序相の間に現れる「スピン液晶」と呼ばれる特異な磁気状態が注目を浴びている。その一方で、スピン液晶を自在に制御するような研究は未だ行われていない。そこで本研究課題では、古典及び量子スピン系に現れるスピン液晶の磁化を、スピントロニクスで重要な役割を果たすスピン流で制御することを目指す。スピン液晶の舞台として、らせん磁性体CrNb3S6、三角格子反強磁性体Ag2CrO2(S = 3/2)とAg2CoO2(S = 1/2)を用いる。本年度は、コレステリック液晶の相転移と同じ模型で記述されるCrNb3S6をスピン輸送素子に組み込み、スピン注入によるらせん磁化の制御を目指した。しかし、スピン注入で磁化制御を行う場合、強磁性体端子に大きな電流を流す必要があり、現段階では素子の最適化が不十分で、毎回強磁性体端子がジュール発熱により焼け焦げ、素子が破壊されてしまった。一方、Ag2CrO2に関しては、薄膜デバイスを作製し、異常ホールを測定した結果、反強磁性転移温度直下で異常ホール項が増大し、さらに温度を低下させると減少する振舞いを観測した。これは近藤淳によって1960年代に提唱された、スピンゆらぎに伴う高次磁化率を反映した異常ホール効果で説明できることが分かった。
2: おおむね順調に進展している
2022年度は、CrNb3S6のらせん磁化をスピン流で制御する実験に挑戦したが、スピン流を注入するための強磁性体細線に大きな電流(10 mA)を流す必要があり、毎回、スピン注入による磁化反転を観測する前に、強磁性体細線がジュール熱のために断線し、当初の予定通り、スピン注入による磁化制御が行えなかった。一方でAg2CrO2に関しては、これまで低磁場領域でしか行っていなかった異常ホール効果を8 Tの高磁場領域まで拡張して測定を行った結果、Ag2CrO2が反強磁性転移する25 K以下で、正常ホール項に重畳する異常成分を観測した。その温度依存性を精密に測定した結果、異常成分は反強磁性転移温度直下で最大値を取った後、低温に向かって急速に減少し、最低温度では異常成分がほぼ消失すること、また残留抵抗率の高い試料に関しては、異常成分の急速な減少が抑制され、通常の異常ホール効果と同様の振舞いを示すことが分かった。この結果は、近藤淳によって1962年に提唱されたスピンゆらぎに伴う高次磁化率を反映した異常ホール効果で説明できる。CrNb3S6については後述するように、素子改良の目処が付いていること、さらにAg2CrO2に関しては新たな知見が得られたことを総合して、「(2) おおむね順調に進展している」を選択した。
2023年度は、スピン流を用いたらせん磁化の制御を目指して、素子形状の変更を行う。具体的には、スピン注入を行う強磁性体細線を大面積パッドに変更することで、ジュール熱による断線を防ぐ。またこれまで用いた電流パルスよりも短い時間のパルスに変えることで、ジュール熱を抑えられる。さらに当初の計画通り、Ag2CrO2やAgCoO2に関しては、原子層絶縁体h-BNと原子層強磁性体Fe5GeTe2とを積み重ねた原子層スピンバルブ素子を作製し、スピン液晶の磁化をパルススピン偏極電流で制御することを目指す。
すべて 2023 2022
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件) 学会発表 (21件) (うち国際学会 9件、 招待講演 3件)
Physical Review Letters
巻: 129 ページ: 046801/1-6
10.1103/PhysRevLett.129.046801
Japanese Journal of Applied Physics
巻: 61 ページ: 060908/1-5
10.35848/1347-4065/ac6a37