研究領域 | ハイパーマテリアル:補空間が創る新物質科学 |
研究課題/領域番号 |
22H04586
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
根本 祐一 新潟大学, 自然科学系, 准教授 (10303174)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 準結晶 / 超音波 / 弾性定数 / 電子格子相互作用 |
研究実績の概要 |
Au-Al-Yb準結晶はTsai型クラスター構造をもち,磁化率が低温で異常な温度べき依存性と絶対零度に向かう発散的増大を示し,電気抵抗率が非フェルミ液体的振る舞いを示すことから,価数揺らぎ起源の量子臨界性が検討されてきた。1/1近似結晶では,Tsai型クラスターが周期構造をもつが準結晶に並進対称性は無い。このような系での電子と格子の相互作用はこれまで調査されておらず,超音波実験による弾性特性を通じて準結晶,近似結晶における電子格子物性の検討を進めた。最初にAu-Al-Yb系近似結晶において,多結晶試料での縦波弾性定数CLと横波弾性定数CTの温度依存性に低温ソフト化を観測した。磁性イオンであるYb3+の結晶場効果と,Yb2+/Yb3+価数揺動の起源とを区分するため,非磁性Luの置換系における実験を進めた。その結果,Au-Al-Lu系では準結晶および1/1近似結晶ともに,CLとCTの両モードが120Kから1.4Kまで単調に増大することを観測した。これにより,Au-Al-Yb近似結晶における磁性イオン起源の弾性定数のソフト化を確証付けた。立方対称結晶場を仮定した四極子感受率による解析を試み再現に成功した。Au-Al-Yb準結晶においても小さい弾性ソフト化を観測した。この結果は,周期系で無いにも関わらず電子がもつ四極子と準結晶格子との相互作用が存在することを示したものである。また,4K以下の低温で見出した特徴的な弾性ソフト化は,高温側で観測した結晶場効果とは異なるものと推定され,二準位系で知られる低温ソフト化の観点からYb2+/Yb3+価数揺動によるものと推察した。さらに,非磁性Au-Al-Lu系での1.4K以下の極低温領域においても低温ソフト化が観測された。準結晶と近似結晶とで類似の振舞いであり,構造に起源をもつ低エネルギー励起の存在を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
磁性イオンであるYb3+を含む準結晶と近似結晶において弾性定数の低温ソフト化を観測し,ソフト化の磁場依存性を調べた。縦波弾性定数と横波弾性定数の温度・磁場依存性について,最も単純な立方対称結晶場を仮定した四極子感受率により解析を行なった。その結果,温度および磁場依存性の実験結果を半定量的に再現することに成功した。これらの結果をもとに,非磁性イオンLu3+を含む準結晶と近似結晶に展開させ超音波実験を実施した。その結果,Yb系で観測された200K付近からヘリウム温度領域までの特徴的なソフト化が存在しないことを確認した。つまり,磁性イオンであるYb3+のもつ電子状態と,準結晶および近似結晶の構造がもたらす歪み場との相互作用が有意に存在することを明らかにした。これらの成果は従来報告されておらず本研究課題における重要な物理的知見となった。また,ヘリウム温度以下の極低温領域で観測された弾性ソフト化は,結晶場準位をもとにした四極子感受率では再現できないものであり,Yb2+/Yb3+価数揺動によるものと推定し,従来知られている二準位模型による解析を行なった。非磁性Lu系においても1.4K以下で類似の弾性ソフト化を観測し,両者の比較から,異なるタイプの二準位系が存在していることが明らかになった。準結晶構造における結晶場効果,価数揺動による二準位模型,構造に起因する二準位模型のそれぞれが存在することを提起し,本研究課題における目的の最重要点について達成できた。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は,非磁性Lu系での磁場依存性の有無と,ヘリウム3温度領域以下でのソフト化の調査,圧力依存性の検証を進め,電子格子相互作用の立場から,準結晶や近似結晶に発現する物性の全体像を理解し,研究計画で設定した仮説と検証を進める。実験には,R4年度に製作したヘリウム3冷凍機を新たに導入し,実験をスムーズに進めるよう計画している。非磁性Lu系での1.4K以下の弾性ソフト化は準結晶および近似結晶特有の構造起源と考えられるので,磁場依存性も無いと予測される。まずその検証を進めた上で,ヘリウム3温度領域まで継続している弾性ソフト化が,より低温でどの温度領域まで存在するのかを確かめるため,希釈冷凍機を用いて磁性Yb系と非磁性Lu系の両者について20mKまでの縦波弾性定数CLと横波弾性定数CTの温度・磁場依存性のデータ取得を計画する。また,Yb2+/Yb3+価数揺動の観点からは,イオン半径の違いと静水圧力効果がお互い結合し易いと期待できるため,ピストンシリンダーセルを用いて静水圧力下での超音波実験を実施する。温度・磁場依存性に加えて圧力パラメーターに対する応答を調べることで,準結晶構造における価数揺らぎに起因する量子臨界性の観点から,弾性特性に現れる現象の理解を深めることが期待できる。以上の結果を総合的に整理し,従来未解明であった周期性をもたない準結晶構造における電子格子相互作用の効果とその機構を解明する。
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