マウス胚性幹細胞(mESCs)は、異なる遺伝子発現プロファイルを示すいくつかの亜集団から構成されることが明らかになっている。そのうちの約1%は、2細胞期胚で活性化される遺伝子群(2細胞期遺伝子)を発現する、2細胞期様態を示す。mESCsの2細胞期様化は、ゲノムの恒常性維持に重要な役割を担っている経路であると考えられている。その一方で、2細胞期遺伝子の長期活性化は細胞死を引き起こすことも明らかになっている。このようにmESCsにおいては、2細胞期遺伝子の発現を時間的・空間的に適切に制御する分子メカニズムが存在するが、そのメカニズムはほとんど解明されていない。 ヒストンH3の9番目リジンのメチル化(H3K9メチル化)は、遺伝子発現が抑制されたゲノム領域に優先的に施される、転写抑制の代表的なエピジェネティックマークである。最近我々は、H3K9メチル化酵素がmESCにおける2細胞期遺伝子の発現を抑制する主軸であることを見出した。H3K9メチル化酵素であるSuv39h1/2、Setdb1、G9aをmESCsで欠損させ、RNA-seqやH3K9メチル化のChIP-seq解析を行ったところ、2細胞期遺伝子でH3K9メチル化の消失が起きるとともに、それらの脱抑制が起きることを見出した。なかでも、Setdb1とG9aは、Duxを含む2細胞期遺伝子の発現を協調的に抑制することが明らかとなった。したがって、H3K9メチル化酵素は、mESCsにおいて2細胞期様化の変遷を妨げる機能を担うことが明らかになった。また初期胚の発生過程では、H3K9メチル化がダイナミックに変動していることが示されている。Setdb1とG9aは、2細胞期を過ぎた初期胚で2細胞期遺伝子を抑制する役割を持つことが考えられた。
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