研究領域 | 高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用 |
研究課題/領域番号 |
22H04749
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
小野 純一 早稲田大学, 理工学術院総合研究所(理工学研究所), 次席研究員 (30777991)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 高速分子動画 / 大規模量子分子動力学法 / 生体内プロトン輸送 / 光受容膜タンパク質 / 微生物型ロドプシン / バクテリオロドプシン / アニオンポンプ / 自由エネルギー解析 |
研究実績の概要 |
本研究課題では,光受容膜タンパク質の一種である微生物型ロドプシンを主な対象として,光によって駆動される機能発現機構を理論的に解明することを目的とし,大規模量子分子動力学(MD)計算および自由エネルギー解析を基軸とした理論解析を実施している.特に,高速分子動画法によって実験的に撮像された結晶構造群に脂質二重膜・水溶媒を加えた生体分子系全体を量子的に取り扱う大規模量子MD計算を用いて,実験では直接捉えることが困難な化学反応過程を実際に追跡し,分子動画の結晶構造間で起こり得る化学反応・構造変化を理論的に補完することによって,微生物型ロドプシンにおける機能発現機構を分子レベルで解明することを目指す. 令和4年度には,アニオンポンプロドプシンNM-R3における発色団レチナールの異性化反応を対象とした大規模量子MD計算を実行した.NM-R3などの微生物型ロドプシンでは,光照射によってレチナールがall-trans/15-antiから13-cis/15-antiへと異性化し,光反応サイクル上での機能発現の後,13-cis/15-antiからall-trans/15-antiへと熱的に再異性化する.しかし,2022年に本領域より報告されたNM-R3の分子動画では,光反応サイクル上のO中間体においてレチナールが従来の13-cis/15-antiではなく特殊な13-cis/15-synを形成していた.NM-R3の分子動画に基づいた大規模量子MD計算および自由エネルギー解析を実行した結果,O中間体において13-cis/15-synが安定に存在し得ること,13-cis/15-synからall-trans/15-antiへの熱的な二重異性化経路が存在すること,二重結合回転に方向性があることを明らかにした.本結果は,13-cis/15-synがアニオン能動輸送に関与していることを示唆している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
以下に示す進捗状況より「(2)おおむね順調に進捗している」と判断した. 本領域では,分子動画をはじめとする実験データとMDシミュレーションなどの計算科学とを組み合わせることにより,生体機能発現機構の解明や新規機能性物質の開発を目指している.令和3年度に,SACLAのX線自由電子レーザーを用いた時分割シリアルフェムト秒結晶構造解析によって海洋性微生物由来の新奇塩化物イオンポンプロドプシンNM-R3に対する分子動画が本領域より報告された.NM-R3では,光照射によって発色団レチナールのall-trans/15-antiから13-cis/15-antiへの異性化反応が起こり,塩化物イオンが細胞外側から内側へ能動輸送される.NM-R3の分子動画によって,光反応サイクル上のO中間体においてレチナールが通常とは異なる13-cis/15-synを形成していることが提案された.この実験結果を受け,令和4年度には,NM-R3の分子動画に基づいた大規模量子MD計算を実行し,レチナールの熱的な異性化反応を自由エネルギーの観点から解析した.ここで,分割統治型密度汎関数強束縛(DC-DFTB)法によってNM-R3,脂質二重膜および水溶媒を含めた生体分子系全体(29546原子)を量子的に取り扱い,拡張サンプリング法の一種であるメタダイナミクス(MetaD)法によってレアイベントである化学反応を効率的に取り扱った.MetaD計算においてバイアスを印加する集団座標として,C13=C14まわりの二面角とC15=Nまわりの二面角を選択した.計算にはスーパーコンピュータ「富岳」を用いた.その結果,O中間体において13-cis/15-synが安定に存在し,18 kcal/molの自由エネルギー障壁でall-trans/15-antiへ再異性化することを明らかにした.現在,本成果の論文投稿に向けて準備を行っている.
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今後の研究の推進方策 |
本研究では,微生物型ロドプシンの代表例であるバクテリオロドプシン(BR)や塩化物イオンポンプロドプシンNM-R3の異性化反応を対象とした大規模量子MD計算を実施する.ここで,BRやNM-R3の光反応サイクル上でのレチナールの異性化過程を理論的に解析するにあたり,X線自由電子レーザーによって撮像された分子動画を初期構造とした大規模量子MD計算をスーパーコンピュータ「富岳」に相当する計算機上で実行する.その結果,レチナールの光異性化を起点とした一連の化学反応と構造変化を実験的手法では観測困難な高時空間分解能で追跡し,光によって駆動される機能発現機構を電子・原子・分子レベルで解明する.これにより,BRやNM-R3の異性化反応とイオン能動輸送を反応・構造・ダイナミクスの観点から解明するだけでなく,微生物型ロドプシンファミリーの普遍性・多様性に関する知見獲得も目指す.さらに,領域内において,光解離性ケージド基質を用いた高速分子動画法の実験と連携を図ることで,GTP加水分解反応のような酵素触媒反応の分子機構を実験・理論の両面から解明することも目標とする.令和5年度の具体的な研究計画は下記の通りである. (1)令和4年度より継続して,NM-R3の分子動画に基づいた大規模量子MD計算およびレチナールの熱異性化反応に関する自由エネルギー解析を領域内の実験研究者と連携の上実行する.特に,O中間体において13-cis/15-synが塩化物イオンを能動輸送する上でどのような役割を果たしているか,静電相互作用と立体効果の両面から調べる. (2)光解離性ケージド基質を用いた低分子量Gタンパク質Rasの分子動画に基づいた大規模量子MD計算および加水分解反応に関する自由エネルギー解析を領域内の実験研究者と連携の上実行する.その結果,GTP加水分解反応とアロステリック構造変化の微視的機構を解明する.
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