本研究課題では,光受容膜タンパク質の一種である微生物型ロドプシンを主要な対象とし,大規模量子分子動力学(MD)計算および自由エネルギー解析を用いて,光駆動型の機能発現機構の詳細を理論的に解明することを主な目的とした.令和5年度には,(1)アニオンポンプロドプシンNM-R3における発色団レチナールの異性化反応過程および(2)発がん性RAS変異体における阻害剤との共有結合形成過程を対象とした理論解析を実施した. (1)NM-R3における発色団の異性化反応を対象とした大規模量子MD計算を継続して実行した.2022年に本領域の実験グループよりNM-R3の分子動画が報告され,発色団が光照射前においてall-trans/15-anti,光反応サイクル上のO中間体において13-cis/15-synを形成していることが明らかになった.この分子動画に基づき,NM-R3,脂質二重膜および水溶媒全系(約3万原子)を量子的に取り扱う大規模量子MD計算と自由エネルギー解析を実行した.その結果,O中間体において周辺アミノ酸残基との水素結合によって13-cis/15-synが安定化し,水素結合ネットワークの組み換えを伴ってall-trans/15-antiへ二重異性化反応が熱的に起こることを明らかにした. (2)当初計画にはなかったが,生体高分子を制御できる新規化合物を大規模量子MD法によって創生することを目指し,本手法とインシリコ創薬研究を組み合わせて,発がん性RAS変異体のシグナル伝達異常を共有結合形成によって阻害する化合物の探索・評価を行った.主要な変異体KRAS(G12D)に対して,仮想スクリーニングによって候補化合物を得た後,Asp12と反応可能な官能基の修飾等を行い,親和性の高い化合物を同定した.本化合物と標的タンパク質の間で求核攻撃とアシル転移によって共有結合形成が進行することを明らかにした.
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