研究領域 | 高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用 |
研究課題/領域番号 |
22H04761
|
研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
八木 清 国立研究開発法人理化学研究所, 開拓研究本部, 専任研究員 (30401128)
|
研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | QM/MM計算 / 非断熱遷移 / 光駆動タンパク質 / ロドプシン |
研究実績の概要 |
ロドプシンは、光吸収により細胞膜間でプロトン(H+)やイオンを能動輸送する光駆動膜タンパク質である。近年、X線自由電子レーザとシリアルフェムト秒X線結晶構造解析(SFX)法の開発により、ロドプシンの時間分解結晶構造が高分解能で得られるようになり、その光反応サイクルの全容解明が進行している。本課題では、高速QM/MM計算と非断熱分子動力学(MD)計算を開発し、ロドプシンの光化学反応を計算する。QM/MM法は興味ある空間を高精度な量子化学(QM)計算で扱い、生体環境を古典力場(MM)で扱うマルチスケール法である。計算のボトルネックとなる電子励起状態に対するQM計算を並列化し、超並列スパコンを用いることで、高速なQM/MM計算を実現する。また、通常のMD計算では単一の電子状態における分子運動を計算するが、これを多状態へ拡張し、電子励起状態と基底状態の間の非断熱遷移を考慮できる方法を新たに開発する。開発した方法を様々なロドプシン(H+, Cl-, Na+ポンプ)に応用し、計算結果をSFXの構造や振動分光などの分光データと比較する。光化学過程とそれが誘起するタンパク質の構造変化を明らかにし、イオンポンプの分子機構を解明することを目的とする。 本年度は、非断熱遷移を考慮するため、近年、Yuらが提案した非断熱結合定数を必要としない方法[PCCP 16, 25883 (2014)]に着目し、これをMD計算プログラムGENESISに実装した。テスト系として、アゾベンゼンのcis-trans光異性化反応を計算し、プログラムの動作を確認した。また、高い並列性を持つ量子化学計算プログラムQ-SimulateとGENESISを組み合わせることで励起状態に対するQM/MM計算を高速化した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.非断熱遷移の計算法の検討 非断熱遷移は、複数の電子状態がエネルギー的に近接する時、分子が確率的に電子状態を乗り移る現象である。その駆動力となるのは、電子波動関数の核座標に対する変化(非断熱結合定数)と原子核の速度であり、遷移確率はこれらの掛け算に比例する。従来の方法では、遷移確率を見積もるため、非断熱結合定数を計算する必要があったが、非断熱結合定数は近似波動関数の種類に依存し、使える電子状態計算法が限られるうえ、その計算コストも大きいことが問題だった。近年、Yuらは新しい非断熱MD計算法を提案した[PCCP 16, 25883 (2014)]。この方法では、MD計算の時間に沿ったポテンシャルエネルギーの変化から遷移確率を見積もられ、非断熱結合定数を必要としないのが特徴である。 2.GENESISの開発とテスト計算 Yuらの方法をGENESISに実装した。通常のQM/MM計算とは異なり、複数の電子状態に対するエネルギーと勾配を求め、遷移確率を計算する必要がある。そのため、計算負荷が大きくなるが、これを抑えるため、状態間のエネルギーが十分に近くなり、遷移が予想される場合だけ、遷移確率を計算する方法を実装した。開発したプログラムをアゾベンゼンに応用した。アゾベンゼンはcis体とtrans体があり、光励起によって異性化反応が起こる。本計算は、cis/trans体の励起状態の寿命、分岐比などの文献値をよく再現した。また、Q-SimulateとGENESISによるQM/MM計算の並列性能を測定し、良好な結果が得られた。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は、ターゲットタンパク質であるバクテリオロドプシン(BR)に対する応用計算を実行する。光励起後、trans→cis異性化反応、非断熱遷移が起こり、基底状態へ戻ってくるまでの動的過程を計算する。この過程は、実験的には10 psの時間スケールであることが示唆されている。BRの光吸収を担うレチナールとその周辺の極性残基と水分子をQM領域に含め、QM/MM-MD計算を実施する。得られた結果をSFXで観測された構造データと比較する。 上記の計算は、現状のプログラムでも十分に可能であるが、さらなる高速化を得るため、プログラムのチューニングと改良を重ねる。具体的には、時間ステップを動的に制御する、励起状態計算の回数をなるべく少なくする、などを工夫する。 一方、原理的な問題として、時間依存密度汎関数(TDDFT)法による励起状態計算の限界がある。TDDFT法は、基底状態の電子波動関数に対する電場応答を取ることで、電子励起状態の性質を計算する方法である。DFT法では、波動関数を単一の電子配置で記述しているが、多配置性が強くなるconical intersectionの近傍では、TDDFT法が破綻してしまう。これを回避する方法を検討する。
|