本研究は、バーチャルリアリティを用いて,「通常とは異なる視覚-身体関係」を作り出し,それによって人の知覚と行動の可塑性を明らかにすることを目的とした。 バーチャルリアリティ空間に頭部の後ろに眼(バーチャルカメラ)がついている身体を実装し、6名が12日間に及ぶ順応実験を行った。その結果、日が進むにつれて歩行軌跡が滑らかになり、歩行時間が短くなった。初日と最終日のみに行った歩行経路パタンについても最終日に有意な成績向上が見られ、身体運動学習が一般化していることが示された。学習が進むにつれて体幹方向と頭部方向の差が小さく、安定する傾向があり、身体運動の階層性も学習によって獲得されることが示唆された。 頭の回転量に対して、視線が向いている方向を自由に変えられるシステムを開発した。実際の頭部方向に対するバーチャルな視線方向は可変ゲインとして操作可能とし、バーチャルリアリティ空間ならびに360度カメラを用いて実空間に実装した。たとえば、実空間では、360度カメラで撮影した映像に対して、頭部が向いている方向に応じてゲイン2倍に増幅した人の視線方向の映像を提示することで、頭部は90度横を向いているだけなのに真後ろを観察することができる。このシステムを使うことで、身体的負荷が少なく、全周囲を観察することが可能となった。そのユーザビリティをSUS質問紙で評価したところ、ゲイン1倍の通常視野のシステムと比較しても有意な低下は見られなかった。バーチャルリアリティ空間では、ドライビングシミュレーターに実装することで、頭部を少し動かすことで左右や後ろが見やすくなり、後方走行や駐車が容易となることが示された。本システムの継続利用によって、頭部運動と眼球運動の相対的割合が変化することが示された。つまり、人は新しい視覚-身体関係を学習し、それに最適化するように行動を変化させることが示唆された。
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