自分自身の身体に関する情報である体性感覚情報は運動を正確に実行するために不可欠である。本研究では、脊髄後根を切断することによって末梢体性感覚情報の中枢神経系への入力が選択的に損なわれた体性感覚障害モデルサルを作製し、その運動機能と大脳運動・体性感覚関連領域の神経活動を縦断的に記録・解析することによって、中枢神経系への体性感覚情報入力の欠損によって生じた運動障害からの機能回復を支える大脳皮質活動の適応機構を明らかにすることを目的とした。頸髄後根の切断直後、上肢の到達・把持運動課題におけるパフォーマンスが著しく低下した。このとき、大脳一次運動皮質および一次体性感覚皮質から記録した皮質脳波について、運動直前の高ガンマ帯域の活動強度増大が観察された。さらに、グレンジャー因果解析を適用することによって、ベータ帯域におけるそれらの領域間の情報の流れが減少したことがわかった。その後、運動課題におけるパフォーマンスは約2週間かけて切断前と同程度のレベルまで徐々に回復し、同様の時間経過を辿って、大脳一次運動皮質および一次体性感覚皮質の高ガンマ活動強度の低下、およびそれらの領域間のベータ帯域の情報の流れの増大が観察された。大脳皮質一次運動皮質の高ガンマ活動の強度変化は筋活動を駆動するための活動の効率化と洗練化、ベータ帯域の情報の流れの変化は内部モデルと予測の再構築による遠心性コピーの再出現を反映していると推測される。こうした大脳活動の適応的変化が運動機能の回復に寄与したと考えられる。末梢からの体性感覚情報入力の欠損に対して大脳が活動をダイナミックに変化させ適応する過程を明らかにした。
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