膜タンパク質など、可溶化やトリプシン消化が難しいタンパク質についても、過小評価なく存在量を定量するため、前処理の段階で、大気圧の約3000倍の高圧と常圧を繰り返すバロサイクラーシステムを導入し、さらに、95度の高温下および強力な可溶化剤を併用することによって、ほぼロスなく、あらゆるタンパク質を定量できる実験系を確立した。複数の動物種について(植物、微生物、虫なども可能)、全2万タンパク質のうち、約10000種類のタンパク質の存在量を一斉定量できるようになった。ヒトの脳組織における血液脳関門・血液クモ膜関門・血液脳脊髄液関門における金属輸送体を独自構築した定量プロテオミクス手法を用いて解析した。血液脳関門では、FPN1,TfR1がFe輸送体として最も高発現していた。亜鉛輸送体として、ZNT1,ZIP10,ZIP8の高発現を同定した。血液脳関門と同様に、脊髄における関門として機能している血液脊髄関門においても、同様の金属輸送体の高発現が示された。血液脳脊髄液関門では、銅輸送体であるATP7A、ATP7B、CTR1,Hephの高発現が示された。血液クモ膜関門では、DcytB、DMT1,Cacna1cおよびZIP14の高発現が示され、Fe輸送が充実していることが示唆された。これまでの報告に基づくと、銅イオンは、脳室周辺組織に過剰に蓄積していることから、上述した銅イオン輸送体の局在と発現がこれに寄与していると考えらえる。Feは、脳表面に高濃度に存在するだけでなく、脳全体に存在する。脳表面は、血液クモ膜関門に存在する上記のFe輸送体の寄与が考えられ、脳全体としては血液脳関門のFPN1・TfR1の恒常的なFe供給の関与が示唆される。これまで、ヒトの脳内における金属動態の制御メカニズムは手付かずであったが、ヒト臨床脳組織検体を用いた高深度定量プロテオミクス解析によって、脳内の金属分布を初めて説明できる分子機構を解明できた。
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