アクチンは低速のATP加水分解活性を有することが知られており、物質輸送、細胞分裂、シナプス形成といった筋細胞外での動的な生理現象に寄与している。活性部位にあるMg2+をCa2+に置換すると反応速度がさらに低下することが知られており、その解析によってATPaseの反応速度制御に関する詳細な知見が得られると期待される。当該年度の研究ではアクチンのATP加水分解反応の解析を通して、データベース解析と量子化学計算を相補的に活用する方法について検討した。 ATPアナログ結合アクチンの結晶構造のMg2+をCa2+に置換したQM/MMモデルを用いて加水分解反応のエネルギープロファイルを評価し、昨年度に報告したMg体のものと比較を行った。その結果、Ca置換によって、Mg体で律速段階であったプロトン移動の遷移状態の反応障壁が大幅に低下することがわかった。これはむしろ反応が速くなることに対応するため、単にMg2+とCa2+の金属イオンの違いだけでは実験事実は説明付けられないことがわかった。障壁低下の原因を解析した結果、ATPのγ位から脱離したメタフォスフェイト(PO3-)がMgに対しては反応中一貫して一座で配位しているのに対し、Ca体ではTS4の段階で二座配位となって安定化すること、つまりCa体では金属イオン周りの配位数6と7が両方存在可能であることが明らかになった。そこでPDBに登録されているATPアナログを配位したCaの配位子の分布を解析したところ、Caは7配位の構造が最も多く、かつ1つのリン酸基で二座配位する構造はほどんど見出されないことがわかった。したがって、Ca置換後に追加の水分子あるいは周辺残基が配位座を埋めることでリン酸やメタフォスフェイトの二座配位を阻害し、上記のモデル計算とは大きく異なるエネルギープロファイルになることが示唆された。
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