研究領域 | 「生命金属科学」分野の創成による生体内金属動態の統合的研究 |
研究課題/領域番号 |
22H04821
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
川上 了史 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 講師 (60566800)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 大腸菌 / 実験室進化 / 鉄輸送体 / ルテニウム / シデロフォア |
研究実績の概要 |
金属イオンは生命に必須の元素であるが、用いられる元素の種類は生物種を超えて共通しているわけではなく、多様性がある。これは生育環境にある元素に対して生物が進化を通じて偶発的に利用能を獲得したためと考えられている。このことから、通常接触することがないような金属イオンに生物をばく露し続ければ、生物がその元素を利用するようになるかもしれないと考えた。そこで我々は大腸菌をモデルとした進化実験を行ってきた。特に生命に重要なFeについて、その同族元素であるRuを添加した進化実験を行った結果、ヘム鉄酵素カタラーゼの活性を失ったLossKat株が得られた。本研究では主に、LossKatのカタラーゼ活性低下機構について、鉄輸送の観点から解析を行ってきた。 LossKatは進化前の先祖株と比較して、Feの取り込み能力が低下しているのではないかと予想されたが、さまざまな観点から分析した結果、著しくFe輸送能が低下していると言える結果は得られなかった。細胞内のFe濃度の定量も検討したが、進化実験を行った環境ではFeは検出できないほど低濃度であり、この現象はLossKatのみならず、通常の大腸菌でも同様であった。一方で、Feを添加して培養した大腸菌では、Feの量が検出できるレベルに向上したものの、LossKatでの濃度が明確に低いという結果も得られなかった。 科研費挑戦的研究(萌芽)(21K18662)で並行して進められている、LossKatが生じた進化のプロセスの解明から、Fe輸送を担う遺伝子の一群に変異がより多く入ることがわかった。この現象については、進化の再現実験を行った結果でも改めて確認され、元素の添加によって進化する方向を決められる可能性が示唆された。さらに、RNAseqの予備検討なども行われていることから、これらのデータから具体的なFe分配機構の解明に発展させる予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
LossKatについては、特にFeの濃度定量にかかる様々な分析上の課題の克服には予想を超える時間を要した。また、結果自体は予想に反する結果であったという観点では、思ったような成果は得られなかった。しかし、この成果は、Fe輸送の仕組みやヘム鉄合成など、さまざまな生化学的な解析手法について、新たに立ち上げを行えたものやデータを確実にできた結果として得られた成果である。想定していない結果になったというだけであり、細胞内の鉄分配に向けて新たに分析指針を計画できるようになったことを考えれば順調に進展していると判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
細胞内のFe濃度を定量すること自体はできているが、あくまでもFeを添加した条件で定量できたのであり、進化実験での培養環境でFeの濃度が測定できたわけではない。すなわち、LossKatの真のFe含有量を明らかにしなければ、カタラーゼ活性の低下原因は明らかにできない。これを解決するのが今後の課題である。しかし、分析装置の感度から考えても限界に近いと思われるため、今後はFeの量を対象とするのではなく、LossKatのFe取り込みに対する親和性を評価する方針に切り替える予定である。さらに、細胞内のFe濃度だけではなく、Feの細胞内の分配についても検討する予定である。枯草菌を用いた先行研究では、Feの含有量を強制的に減少させる系が構築されており、この場合には、細胞内のFe分布に影響が出ることが報告されている。より重要なFeタンパク質にFeが分配されるような遺伝子発現調節が行われているケースが認められることから、LossKatにも同様の機構が生じている可能性を追求する。 一方、挑戦的研究(萌芽)(21K18662)で並行して進められているLossKatの誕生のプロセスを明らかにしてきたゲノム解析の結果については、異なる元素で培養してきた大腸菌集団でも同様にFe輸送に関わる遺伝子群に変異が蓄積する傾向を示す元素があることがわかった。このような似通った進化を遂げた集団内にカタラーゼ活性が失われた株が生じている可能性についても今後追求し、生じているようであれば、そのメカニズムも解明することで元素と進化の関係について明らかにしていく。
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