研究実績の概要 |
脳・神経系は生物の持つ最も複雑な情報処理機構であり、その情報処理のしくみを明らかにすることは神経科学の究極の目標の一つである。線虫は全神経細胞とその接続が同定済みの唯一の生物である。行動中の神経活動を測定し、非線形力学など数理的・物理的な視点から解析することで、神経回路の情報処理のしくみを、システムのレベルで明らかにすることをめざす。 線虫の塩走性行動においては、進行方向およびそれに垂直な方向への塩濃度の勾配を同一神経細胞の活動の時間変化により検出しているにも関わらず、各々の方向の濃度情報を区別して質的に異なるふたつの走性機構を使い分けている。本研究では特に、周波数フィルタなどの神経回路の応答特性によりこれらの走性機構が使い分けられている可能性について、回路のダイナミクスの観点から解析することを目指した。
本年度は、昨年度に引き続き、行動中の線虫の神経活動の観察を行い、代表者らが見出したSMB運動神経の位相応答特性を検証した。データ点数が増えたことで、ガウス過程回帰により定量的な比較が可能になった。また昨年度までに作成した数理モデルによって、風見鶏機構とよばれる走性機構が説明できることを示した。これらの研究結果をまとめた論文はPNAS誌に受理された(Matsumoto et al., 2024)。さらに、塩走性行動中の神経活動を観察する実験系を立ち上げて、塩を感知するASER感覚神経や下流のAIB介在神経の活動を試験的に計測し、行動との関係の検証を進めている。
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