従来、生体物質の物性研究は、取り扱いの容易さから少数種類からなる平衡系を対象とすることが多かった。研究代表者らは、培養細胞内部の力学測定を実現する独自の実験系を構築して研究を進めてきたが、細胞は外部環境の変化に自律的に適応して生存を図る複雑系であり、その内部環境を人工的に操作しにくい。そこで細胞抽出物を用いることが有力な選択肢となるが、閉鎖系では短時間でエネルギー源を使い果たして活性を失う。そこで我々は、環境制御された非平衡・定常開放系として、細胞内部環境に近い条件で代謝回転を維持するモデル系を確立した。すなわち、半透膜を介して外部環境とエネルギー物質や代謝生成物の交換を行わせることでこれを実現し、アクトミオシンの収縮(強沈殿)に伴う非平衡揺らぎを確認した。 本研究では、代謝維持装置の性能評価をかね、また細胞質が属する混み合い非平衡系のモデル系として遊走大腸菌(RP4979)と非遊走大腸菌(SHU321)の濃厚懸濁液の揺らぎダイナミクスとレオロジーを調べた。新鮮な栄養分を供給し、有毒な代謝副産物を排除するための新しいデバイスを開発し、高濃度でバクテリアの生理活性状態を維持した。実験結果は一見両懸濁液がストロングガラスであることを示したが、SHU321は濃厚側で本質的に非線形流動して、pN程度に力の印加によりthinnningしているために、SHU321はフラジャイル、RP4979はストロングであることが示された。特にRP4979は揺動散逸定理が成立せず、ニュートン液体としての特性を示したが、SHU321の高荷重領域のthinnningしきった粘度と一致した。高濃度の遊走大腸菌懸濁液を用いて、これまで理論的・仮想的なものであったデンスなアクティブマターを創成し、その性質を実際に明らかにするとともに、細胞質に類似した混み合い非平衡系(アクティブガラス)の理解を深めた。
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