細胞内反応拡散波(iRDs)は、化学反応と分子拡散の共役によって生じるマクロ構造パターンであり、細胞内での分子の位置情報を規定する原理として提案されている。本研究では、これまでに我々が構築したiRDsの1つであるMin波を安定的に人工細胞内で発生させる系を用い、化学エネルギーによって形成されるiRDsが細胞サイズの空間で情報と力学の変換を担うメカニズムと効率を理解することを目的とした。 昨年までに、細胞内の位置情報を決定する反応拡散波であるMin波が、ATPだけでなくdATPも利用して発生することが可能であること、ATPとdATPではエネルギー散逸の仕方が異なることを示唆し、ACS Nano誌に報告した。本年度は細胞膜上の構造体同士の相互作用とMin波の関係を追及した。膜状構造体をとして、適切な末端を設計することで相互作用の強さを調節可能なDNA origamiによるナノ構造を用いた。結果、DNA origamiとMin波の成分は相互作用しないにも関わらず、DNA origami同士の相互作用の強さがMin波の動態を大きく転移させることを見出した。このことは、これまでMin波を含む反応拡散波によって制御されていると考えられていた細胞骨格の重合が反応拡散波の動態に影響を与えることを示唆した。 すなわち、分子位置を規定する反応拡散波と力を生み出す細胞骨格の関係は、主従関係ではなくお互いに影響を与える複雑な相互作用によってなりたっていることが示唆された。 また、この成果はとは別に、細胞内の分子集団が持つ弱い相互作用をゼロではなく存在するものと仮定すると、細胞空間における分子位置制御に細胞内の高濃度多分子成分が重要であることを実験と理論の両面から実証し、Advanced Science誌に報告した。これらの成果は、分子位置の情報と力学変換のメカニズムの完全なる理解へとつながるものである。
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