陸上植物の表面を覆うクチクラ層は、外界から植物との共生または植物への侵入を試みる微生物にとって第一の相互作用の場となる。我々は、クチクラ層が豊富であることが知られる果実の表面に常在するRhodotorula属酵母がクチクラ層を分解し、主要分解産物であるω-ヒドロキシ脂肪酸を選択的に利用して生育する能力を有することを見出した。本年度は、ゲノム解読済みであるRhodotorula toruloidesを用いて、グルコース、パルミチン酸、ω-ヒドロキシパルミチン酸を単一の炭素源とする最少培地中で培養した酵母菌体からトータルRNAを調製し、RNA-seq解析に供した。遺伝子発現プロファイルを比較し、ω-ヒドロキシパルミチン酸最少培地において特異的に10倍以上の高発現を示す23個の遺伝子群を抽出した。ほとんどの遺伝子が脂肪酸の分解および代謝に関わるものであり、ω-ヒドロキシ脂肪酸の利用に関与する遺伝子群の全体像を解明することができた。特に、脂肪酸代謝経路の初発反応を担うアシル-CoA合成酵素(ACS)の中には、脂肪酸トランスポーターとしての機能を有するものも報告されており、微生物がどのようにω-ヒドロキシ脂肪酸を特異的に認識し利用するのかのメカニズムを解明する上で重要な鍵を握ることが期待される。さらに、構築した微生物探索技術を活用して、発酵食品の製造に用いられる微生物が同様の性質を示す可能性についても調べた結果、麹菌Aspergillus oryzaeがω-ヒドロキシパルミチン酸含有培地において良好な生育を示した。このことは、麹菌が元来クチクラ層常在微生物であった可能性を示唆しており、クチクラ層の微生物生態系が発酵食品の起源にも関与していたのかもしれない。クチクラ層における植物-微生物間相互作用が、農作物の品質管理や発酵食品の理解にもつながるという意義を見出すことができた。
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