研究領域 | 「当事者化」人間行動科学:相互作用する個体脳と世界の法則性と物語性の理解 |
研究課題/領域番号 |
22H05227
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研究機関 | 生理学研究所 |
研究代表者 |
小池 耕彦 生理学研究所, システム脳科学研究領域, 助教 (30540611)
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研究期間 (年度) |
2022-06-16 – 2024-03-31
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キーワード | コミュニケーション / 視点取得 / 情動 / 感情 / 二者同時記録fMRI / ハイパースキャニング |
研究実績の概要 |
他人の気持ちになって物事を考えて行動する過程の背後には、他者の視点や心的状態を理解(推測)する神経基盤があると考えられる。本研究では,ハイパースキャニングMRIを含めた脳機能イメージング手法を用い、自分の物語を他者の物語とすり合わせ、いわば「われわれの物語」を形成するメカニズムおよびその神経基盤を解明することを目的とする。 映画をMRI内で視聴した後に、同じ映画を視聴したパートナーと映画の見所(視点、意見)を話し合い、その後に再度同じ映画の別パートを視聴する実験を、ハイパースキャニングMRIを用いておこなった。解析の結果、パートナーとの話し合い後で映画を視聴することに特異的な活動を示す脳領域として、紡錘状回顔領域や側頭葉といった高次の視覚領域、左縁上回や楔前部といった高次脳領域、さらには海馬傍回などが同定された。 同じ場面に二者が存在する際に、パートナー自身の感情を表明することが自分の感情にどのような影響を与えるかを、相談者がカウンセラに自分の辛い気持ちを打ち明ける場面を模した心理実験で検討した。その結果、相談者が自分の辛さを表明した際に、他者がそれに同意を示してくれると自分の辛さは和らぐことが明らかになった。ただしその効果は、カウンセラが心から同意した場合に限られていた。現在、MRI内で会話が可能なAV装置を用いたハイパースキャニングMRI実験によって、神経基盤を検討中である。 またプレッシャーが我々の体に与える影響をfMRIで検討したところ、外界で起こることを推定するいわゆる予測的符号化のメカニズムが、我々の行動に悪影響を与えている可能性が示唆された。この結果は、他者の気持ちになり他者の期待を理解するという過程が、我々の身体に悪影響を与えるという、いわば他者理解の負の側面が存在する可能性を示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
映画をMRI内で視聴した後に、同じ映画を視聴したパートナーと映画の見所(視点、意見)を話し合い、その後に再度同じ映画の別パートを視聴する実験を、ハイパースキャニングMRIを用いておこなった。実験自体は順調に進んでおり、解析の結果、パートナーとの話し合い後で映画を視聴することに特異的な活動を示す脳領域として、紡錘状回顔領域や側頭葉といった高次の視覚領域、左縁上回や楔前部といった高次脳領域、さらには海馬傍回などが同定されている。この結果は、他者の視点を取得した後では、その記憶を参考にして外界を見ることを行っている可能性を示唆しており、本研究でターゲットとする内容の一端を解明していると思われる。ただしこれらの領域が実際にどのような役割を果たしているかについては推測に過ぎず、さらなる解析が必要である。またこの実験データの解釈に重要な役割を果たすと思われる、1回目の映画視聴後の会話データの記録がうまくおこなわれていなかった。本研究の目的を達成するためには、本実験データの論文化とは別に、新たな実験データの取得が必要と思われる。 カウンセリング場面を模した実験についても、順調に行動実験は進んでおり、他者から与えられる心理的な癒やしの神経基盤を検討するための、fMRIデータの取得も順調に進んでいる。参加者の集まりが悪く、予定するデータ数に達していないため、引き続いてデータ収集を続けていく。また本実験は、研究代表者がこれまでおこなってきたハイパースキャニングMRI実験とは異なり、参加者の役割が非対称である。このような場合にどのような解析手法が最適であるかの検討はデータ収集と並行して引き続き進める必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
他者の視点を取得した後に、それが自分の感情・情動や視点取得の方法などにどのような影響を及ぼすか、またその神経基盤を引き続き検討する。 映画視聴を利用した実験では、これまでに取得したデータの解析をさらに進める。解析で描出された領域が実際にどのような役割を果たしているかについては推測に過ぎず、さらなる解析を進める。具体的には、時系列のどの時点でこれらの領域が利用されているかを検討する解析を加えることで、映画視聴中における役割をさらに詳細に推定する。また本研究の目的を達成するために、本実験データの論文化とは別に、新たな実験データの取得をおこなう。映画の内容については、複数の視点を取ることが容易なことを条件にして探索中である。 カウンセリング場面を模した実験では、MRIデータの取得を継続するとともに、データ解析をおこなう。また参加者の役割が非対称であることを考慮した解析手法の検討もしくは開発をデータ収集と並行して引き続き進める。 さらに視点取得が情動に与える影響を深く検討するため、内観療法の考え方を利用した実験計画を進めることにする。内観療法とは、自分の感情・情動を揺り動かすできごとに出会った際に、他の人ならどうするかという視点をもってできごとを眺め直すことにより、情動・感情の調整を試みる方法である。この方法を応用し、ポジティブ・ネガティブな感情を参加者に惹起させ、それが他者の視点取得によりどのように変化するか、またその神経基盤を検討する。加えて可能であれば、実際の内観療法トレーニングを受けた参加者を対象とした実験をおこなう。
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