研究領域 | デジタル化による高度精密有機合成の新展開 |
研究課題/領域番号 |
22H05340
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
岩崎 孝紀 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 准教授 (50550125)
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研究期間 (年度) |
2022-06-16 – 2024-03-31
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キーワード | 水素化反応 / 触媒 / 化学選択性 |
研究実績の概要 |
独自に開発したホスフィンとピロールの二座配位子を有するイリジウム錯体を触媒とする低反応性カルボニル化合物の水素化反応を検討した。その結果、カルボニル化合物の中で最も反応性が低いとされるウレアの水素化反応に触媒活性を示し、対応するホルムアミドとアミンの1:1混合物を与えることを見出した。この反応の特徴は、より求電子性の高いホルムアミドが水素化されることなく、ウレア優先的に水素化されることにあり、これまでの触媒的なウレアの水素化分解では2分子のアミンとメタノールを与えることと対照的である。 基質適用範囲を検討した結果、種々の官能基を有する1,3-ジフェニルウレア誘導体に適用可能であった。特筆すべきことに、シアノ基や炭素-ハロゲン結合のような易還元性官能基やエステルやアミドなどのカルボニル基が損なわれることなくウレアの水素化が進行した。これらの結果は触媒によってカルボニル基が元来持つ反応性の序列を覆すことが可能なことを示すものであり、現代有機化学における未踏の課題を解決する手法を提供するものである。 非対称ウレアに本触媒を適用すると、アニリンとN-メチルアニリンからなるウレア誘導体では位置選択的に水素化が進行し、ホルムアニリドとN-メチルアニリンが得られた。 本触媒反応の応用として、ポリマー材料のケミカルリサイクル手法の開発に取り組んだ。具体的には、耐薬品性・耐摩耗性に優れたポリマー材料であるポリウレア樹脂に対して本手法を適用すると、ウレア結合が水素化分解される。種々検討した結果、脂肪族ジアミンと芳香族ジアミンを部分構造として有するポリウレア樹脂から脂肪族ジアミンと芳香族ジアミンのジホルムアミドを選択的に回収することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
カルボニル化合物は、カルボニル炭素に対する求核剤の付加により様々な変換反応が実施可能であることから、有機合成化学的に最も重要な官能基の一つである。しかし、その反応性は、カルボニル炭素に結合する二つの置換基によって大きく異なる。そのため、より反応性の低いカルボニル化合物をより反応性の高いカルボニル化合物共存下で選択的に反応させることは困難と考えられてきた。これに対し、本研究ではこの常識を覆し、触媒量の遷移金属錯体によって化学選択性を逆転できることを明らかにした。本成果は、他のカルボニル化合物間の化学選択性の逆転を実現するための指針を示すものであり、その学術的なインパクトは計り知れない。 さらに、近年全世界的な社会課題となっている廃プラスチック問題を解決する手法になり得ることも明らかにした。すなわち、ポリウレア樹脂に対して水素を付加することにより、分離容易な小分子として回収することが可能である。回収した分子を脱水素カップリングし、ポリウレア樹脂を合成する手法が知られているので、水素の出入りのみでポリマー材料がケミカルリサイクルできることを示す成果である。これらの成果は特許申請および学術論文への投稿を済ませている。以上のように、当初計画を上回る成果が得られている。
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今後の研究の推進方策 |
前年度の成果を踏まえ、2023年度には以下の課題に取り組む。 1 類似の配位子を有する他の遷移金属錯体の合成:ウレアやアミドなどの低反応性カルボニル化合物の水素化反応の触媒として、Irの他にRuやMn錯体が報告されている。そこで、ホスフィンピロール配位子を有するこれらの金属錯体を合成し、その触媒活性と化学選択性を調査する。合せて、錯体化学的に水素との反応による配位子の配位様式の変化を調査することで、Ir錯体で提唱した反応機構の妥当性を検証する。 2 ウレタン結合の化学選択的水素化分解とポリウレタン樹脂分解への応用:ウレアの水素化分解を検討する過程で、適切な添加剤を加えると上記Ir錯体がウレタン結合の水素化分解によりアミドとアルコールの1:1混合物を与えることが示唆された。この反応においても、アミドより反応性の低いウレタンが化学選択的に切断されており、カルボニル基の化学選択性の逆転を触媒により達成できることを示す結果である。そこで、本反応の基質適用範囲などを調査する。また、ウレタンはポリウレタン樹脂に含まれる化学結合であり、樹脂材料のケミカルリサイクルは重要な社会課題であるので、本触媒を用いたポリウレタン樹脂のケミカルリサイクルにも取り組む。
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