前年度に継続し、恐怖記憶エングラムニューロンの分子動態解析として、 前頭前野、扁桃体を対象にcfos-tagシステムによりGFPでラベルされた恐怖記憶制御エングラムニューロンの再固定化や消去の記憶フェーズにおけるRNA解析を実施した。恐怖記憶エングラム回路の構造を解析するために、小林和人福島医大教授が開発したCre-recombinase(Cre)を発現する逆行性ウイルスを扁桃体に導入し、前頭前野にc-fos-tagシステムによりCre依存的にArchTを発現させるウイルスを導入して行動レベルで投射経路の機能的役割を解析した。その結果、前頭前野の恐怖記憶エングラムニューロンから扁桃体ニューロンへの恐怖記憶を制御する機能的な投射経路の存在が示された。また、エングラム細胞間のシナプスを可視化するeGRASP法を用いて、前頭前野の記憶エングラムニューロンから扁桃体のエングラムニューロンに形成されるエングラムシナプスの検出に成功し、その定量を実施した。さらに、受動的嫌悪回避課題における恐怖記憶想起後のマウス海馬と再体験症状を示す心的外傷後ストレス障害(PTSD)患者の末梢血のトランスクリプトームを比較して、両者に共通してホスホジエステラーゼ4B (PDE4B) mRNA発現量が低下していることを発見した。さらに、恐怖記憶想起後のマウスの末梢血においてもPDE4B mRNA量が低下していることが明らかとなった。以上の恐怖記憶想起後のマウスとPTSD患者の発現動態センサスから、両者で相同的な発現変動を示すPDE4Bの存在が示された。PDE4BはcAMPを分解する酵素であることから、PDE4B発現量の低下はcAMP量増加を導くと考えられる。従って、トラウマ記憶が繰り返し自発的に想起されるPTSDの再体験症状がcAMP情報伝達の過活性化と関連することが示唆された。
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