研究領域 | ジオラマ環境で覚醒する原生知能を定式化する細胞行動力学 |
研究課題/領域番号 |
22H05677
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
武内 秀憲 名古屋大学, トランスフォーマティブ生命分子研究所, 特任助教 (10710254)
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研究期間 (年度) |
2022-06-16 – 2024-03-31
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キーワード | 花粉管 / 雌しべ / 先端成長 / 受容体 / シロイヌナズナ |
研究実績の概要 |
被子植物が受精を達成するためには、オスの単細胞「花粉管」が“知能”を発揮しながら(伸長、誘引応答といった挙動制御)、花粉管のために整備された雌しべの“ジオラマ環境”を進んでいく必要がある。本研究では、(1)花粉管の挙動制御に関わるPRKファミリーの受容体群に着目した解析、(2)雌しべの細胞表面の物性的・分子的な特性に着目した解析により、被子植物が有性生殖のために進化させた花粉管の挙動制御アルゴリズムの理解を目的とした。 (1)「花粉管はどのように複数のPRK受容体を使い分けながら雌しべのジオラマ環境を進むのか」を理解するため、シロイヌナズナの花粉管で発現する7つのPRK受容体の遺伝子を組み合わせで破壊した多重変異体を用い、雌しべ内における花粉管の伸長・誘引の様子を調べた。すると、7つのPRK受容体全てを欠損すると花粉管の伸長・誘引は大きく損なわれるが、PRK3またはPRK6の一つが機能するだけで伸長能はある程度保たれるという予想外の結果が得られた。さらに、花粉管で特異的に発現する別の受容体ファミリーMDISに着目し、CRISPR/Cas9系で変異を追加して最大で九重の変異体(prk七重+mdis二重)を作出した。その結果、それら二つの受容体ファミリーが花粉管の伸長・誘引を制御するセンサー群の完全なセットであり、それらが組み合わせではたらくことで、多数の細胞外情報を効率的に感知していることが示唆された。 (2)「どのような物性的・分子的基盤が花粉管の通り道を規定しているのか」を理解するため、花粉管誘引ペプチドを可視化した株を用いて、分布を観察した。花粉管誘引ペプチドは花粉管の通り道(雌しべ内部の細胞の表面)上に道標となるように広がっていたが、明らかな濃度勾配は観察されず、分泌の動態やその他の分子と相乗的な機能によって花粉管の挙動は調節されていることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
花粉管の伸長と誘引の制御に関わる細胞膜受容体セットの把握が進み、それらの機能分担と統合制御の仕組みの全体像が見えてきた。prk七重変異体およびprk;mdis九重変異体を作出したことで可能となった遺伝学的解析により、それぞれの受容体が伸長・誘引の制御に対してどの程度の種特異的機能を有するのかを理解することができた。これらの解析は、花粉管細胞の“知能”を理解し、操作するという本研究のコンセプトを実現したものであり、当初の計画以上に進展したと言える。 雌しべ側の分子に関して、雌しべの細胞の表面に存在するいくつかの細胞壁成分の合成酵素の変異体を作出して花粉管の挙動を観察したが、変化は見られなかった。また、花粉管誘引ペプチドLURE1を可視化した株を用い、雌しべ内での誘引ペプチドの動態と花粉管の挙動を同時にライブイメージングする系が確立でき、“雌しべジオラマ”で花粉管がどのように振る舞うのかを調べる基盤が整備できた。次年度の研究計画のための準備が滞りなく完了したという点で、順調に進展したと言える。
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今後の研究の推進方策 |
整備が完了したprk七重変異体およびprk;mdis九重変異体、ならびに様々なバージョンのPRKを再導入した株を用いて、花粉管の伸長と誘引の様子を定量的に解析する。また、これらの受容体セットを異種のものに置換した株を用い、「花粉管の種特異的な誘引応答はPRK-MDIS受容体の組み合わせにより頑健に制御されている」という仮説を生理実験により検証する。 雌しべの細胞表面の成分の合成酵素の変異体の作出を順次続けるとともに、細胞壁から遊離してくるような成分が花粉管に直接作用する(シグナル分子としてはたらく)可能性も検証する。培地上で花粉管を伸長させる実験系を用いて、候補となる化合物を添加した際の花粉管の様子を観察することで、雌しべから供給される調節分子の同定を目指す。
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