多細胞生物において細胞は地形を感知するだけでなく自らその地形に影響を与え,結果として機能的な組織構造を作り出す.細胞と3次元地形の相互作用が想定される生命現象に着目し,数理モデルの構築とジオラマ3次元地形等を用いた新規実験系の開発により,細胞の原生知能によって実現される細胞-3次元地形間の相互作用を明らかにすることが本研究の目的である.
まず,血管周皮細胞の動態については,これまでの研究により(1) 周皮細胞が特定の組織で血管分岐部近傍に局在すること,(2) 単純な数理モデルを用いて地形の影響によりこの現象が説明されうること,(3) 脱細胞カイメン骨格を用いたin vitro実験系でも周皮細胞が類似動態が示しうることがわかってきた.そこで,細胞の3次元地形への応答を評価するin vitro実験系で数理モデルから推測される要素に対していくつかの薬理学的実験を試みた.また,ゼブラフィッシュ脳血管での壁細胞動態の観察に着手した(日本医科大福原茂朋教授・石井智裕助教との共同研究).生体内でも数理モデルやin vitro実験系でみられた細胞運動(go-and-stopパターン)が観察され,その際に血管の湾曲が強い部位で細胞が停滞する傾向があることが定量的に明らかになった.さらに,このとき壁細胞同士の反発様の相互作用が生じているように観察された.
また,他の生命現象として髄鞘形成に着目した.既存の提案手法をもとに,2種の株化細胞によるin vitro髄鞘形成系の立ち上げに着手した.また,細胞が細胞を包むという観点からフェーズフィールド法による数理モデル化を行い,単純な被覆は再現できるが髄鞘に特徴的な構造の再現は難しいことがわかってきたため,別のモデル枠組みについて検討を始めた.
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