粘菌はアメーバ状の大きな細胞で、その形を変化させながら環境中を這い回る。細胞内には輸送管ネットワーク構造が発達し、原形質ゾルを細胞全体に輸送する役割を持つ。これまで私たちはネットワーク形態が環境に動的に依存しその結果、エネルギー消費も効率化されることを示した。一方で、迷路を解くことができたり、環境変化や状態を学習できるなど、粘菌が持つ「知」とも呼べるような機能が近年次々見い出されている。
粘菌の学習メカニズムについてこれまで、多重振動子仮説、細胞内分子仮説などが提案されてきた。しかし記憶を保持する機構の実態については今のところ明らかとなってない。本研究では、粘菌のような単純なシステムが、記憶や学習などの高度な機能をどのように実現するのか明らかにするために、輸送管ネットワークに着目した。22年度にはフランスの研究グループが提案した「危険橋通過の馴化学習実験」セットアップを用いてネットワーク形態が粘菌の記憶保持に深く関与することを明らかにした。
23年度は別の視点から粘菌の記憶メカニズムを探るために、レーン中を進行する粘菌に対して空間周期的に忌避刺激を与えるジオラマ環境を用意し、粘菌が空間周期性を記憶することを示した。忌避環境によって進行をせき止められた後その敷居を突破するという、いわばししおどし的な振る舞いによって、進行先端後方に特異的なネットワークが形成されることが定性的に示された。このししおどし機構は、細胞外被の物性と管内の原形質ゾル圧で制御されると予想される。複数回の刺激領域通過によって、この機構に最適化された輸送管ネットワークが形成されるのではと考えられる。この仮説を検証するために、ネットワーク伸長・管径成長・体積保存機構を取り入れた輸送管ネットワーク形成の数理モデルを構築した。今後は、このモデルと基礎に粘菌の物性値を取得しつつ、上述の仮説を検証する予定である。
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