われわれは23年度と24年度で,頭蓋のどのような特徴が脳区分の推定に有効かを探索した。その結果、おもにカニクイザルにおける解析から以下の2点を明らかにした。 A. 頭蓋内面の圧痕に基づく脳溝・脳回の同定 カニクイザル頭部標本のCT計測ならびに摘出した脳標本の解析によって、カニクイザルでは主要な脳溝と脳回が頭蓋内面に圧痕を形成していることが明らかになった。そのため、エンドキャストの作成によって脳の主要な区分を決定することができる。しかしながらヒトの成人ではこうした圧痕は外側溝や前頭葉の眼窩溝を除いて観察されない。この理由は、頭蓋と脳の大型化に伴い頭蓋と脳の間の結合組織も厚みを増し、脳表面の形状が頭蓋に反映されなくなるためではないかと考えられた。そこでわれわれは幼児の骨格標本でCT計測を実施し、成人とは異なり頭蓋内面に圧痕が観察されることを見出した。ただし、その凹凸は中硬膜動脈等の走行により分断されて、カニクイザルのように脳溝・脳回との対応関係が明確ではなかった。 B. 冠状縫合の位置に基づく中心前溝(弓状溝下脚)の位置の推定 次に、われわれはサルでもヒトでも明瞭に存在する縫合を指標とする可能性を検討した。その結果、カニクイザルでは弓状溝下脚が冠状縫合下半部の約2 mm後方にほぼ平行に走行することを見出した。弓状溝下脚はヒトの中心前溝下半部に相同とされており、この位置が縫合から推定できることは、頭蓋のみを用いて前頭前野の後縁が推定できることを意味している。 以上の結果から、霊長類において頭蓋から脳区分の推定が可能な種のあることが示された。また、ネアンデルタール等の大型の頭蓋をもつ化石人類の脳区分の推定には、幼若個体の解析が鍵となりうることが示唆された。
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