本課題では、高Q値シリコンナノ共振器における誘導ラマン散乱の増強の基礎学理を、共振器のQ値/波長/電磁界分布/対称性、競合する非線形効果まで考慮して、体系的に調べることを主目的としてきた。多くの非線形現象の中から、誘導ラマン散乱を選択した理由は、間接遷移型半導体であるシリコンにおいて、光増幅やレーザー発振を可能とする実用上魅力的な現象だからである。更に、単結晶シリコンは大きなラマン利得係数を持ち、微細加工技術が成熟している利点から研究遂行可能と考えた。 本年度は、ついに、シリコンラマンレーザーの室温連続発振に成功した。発振閾値は、1マイクロワットで、これはインテルのラマンレーザーの2万分の1である。さらに、デバイスサイズは10万分の1程度である。これは、前身の公募研究から継続して行ってきた、「ナノ共振器における誘導ラマン散乱増強メカニズムの基礎学理」を確立できたことが大きい。特に、電磁界分布の対称性、空間分布、ラマンテンソル、結晶方位の4つのパラメーターが関わる複雑な増強メカニズムを正確に理解できたことが本年度の一番の成果である。その他、昨年度までの成果である、①共振器内の2つの共振モードの周波数差をシリコンのラマンシフトである15.6 THzに共鳴させる共振器構造、および周波数差の微調方法を確立したこと、②誘導ラマン散乱を測定するための顕微光学系を構築して、実際にラマン散乱の増強を高感度でスペクトル測定できたこと、③世界最高Q値を持つナノ共振器の作製方法を開発していたこと、④その光物性を根底から理解していたこと、以上4つの成果によりレーザー発振が達成できた。残念ながら、研究人材が不足していたため、予定していたポンププローブ測定は行うことができず、今後の課題として持ち越された。 なお、試料作製の一部と理論研究は、京都大学野田進研究室の協力を得て行った。
|