研究概要 |
Pd-sp^3 C結合のプロトノリシスの促進を目的として,錯形成した際に塩基部位であるN-ヘテロ環が金属原子近傍に位置するようSNS三座配位子を設計し,それらを有するPd錯体を合成した。X線解析の結果より,固体状態ではrac-SNS型構造を有するのに対し,溶液中ではrac-SNS型,meso-SNS型以外にNNN型も存在することがわかった。プロトノリシス促進の観点からは錯体がSNS型構造をとることが望ましく,NMR測定の結果から,高温下において,またSNSあるいは単座配位子が嵩高い場合において,NNN型よりもSNS型構造が相対的に有利となることを見出した。 CDCl_3中,酸としてHClを用い,SNS-ベンジルパラジウム錯体のPd-sp^3 C結合のプロトノリシスについて反応速度を比較した。その結果,S原子上の置換基としてはアリール基よりも電子供与性が高いアルキル基のほうが速くなり,さらに塩基部位としてヒドロキシ基を有する錯体が最も良好な結果を与えた。 以上,開発を目指すアルケンへの酸素求核剤の触媒的付加反応における鍵段階であるPd-sp^3 C結合のプロトノリシスの速度を,錯体の精密な構造制御により大幅に向上できることを見出した点が学術的に意義深い。 またSNS-ベンジルパラジウム錯体と酸素分子との興味深い反応を見出した.CD_3 CN中,錯体を酸素下で70℃に加熱すると,75時間後にS原子隣のメチレンのsp^3 C-H結合が活性化された二核錯体と共にベンズアルデヒドなど複数の含酸素有機化合物が得られた。一方,同反応を1当量のHCI存在下で行うと,錯体の転化は劇的に加速され,室温下で2時間後にベンジルヒドロペルオキシドが高選択的に得られた。これは酸素分子を用いたアルキルパラジウム中間体を経る含酸素化合物群の触媒的合成反応が開発可能なことを示唆する重要な結果である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究における鍵反応であるPd-sp^3 C結合のプロトノリシスの速度を,錯体の精密な構造制御により大幅に向とできることを見出した点が大きい。錯体の構造にさらにいくつかの工夫を加えることにより,さらなる速度向上が見込まれる。また,これらの知見を基にアルケンへの酸素求核剤の触媒的付加反応についても研究を進めており,低収率ながら目的生成物が得られることを確認している。さらにベンジル錯体と酸素との興味深い反応も見出しており,環境低負荷型含酸素化合物合成の新たな方法へと発展するポテンシャルを秘めている。
|
今後の研究の推進方策 |
Pd-sp^3 C結合のプロトノリシスについては,SNS配位子の電子供与性をさらに向上させることにより,また塩基部位の塩基性度を制御することにより,さらなる速度向上を目指す。アルケンへの酸素求核剤の触媒的付加反応については,プロトノリシスと競合して起こるβ-水素脱離反応の抑制が重要なポイントであり,SNS配位子がパラジウムにより強固に配位するよう工夫することで抑制可能と考えられる。ベンジルパラジウム錯体と酸素との反応については,この反応を触媒サイクルに組み込んだ新たな含酸素化合物の触媒的合成反応の開発に向けて基質,触媒系および反応条件の検討を進める。
|