ハイペロンβ崩壊とは、バリオン8重項(ハイペロン)の弱い相互作用によるセミレプトニック崩壊のことで、中性子ベータ崩壊はその一部を成す。ハイペロンβ崩壊は現象論的に「カビボ-小林-益川(CKM)行列のユニタリティの問題」や「陽子スピン問題」と関連して重要であるにも関わらず、ハイペロンβ崩壊におけるフレーバーSU(3)の破れの構造が理論的不定性なく理解されているとは言い難い。これまで、格子QCD数値解析によるハイペロンβ崩壊の研究は、本研究の研究代表者らによるDomain Wall Fermion (DWF)の定式化を用い、動的クォークを無視したクェンチ近似での研究と、それと同時期にイタリアのグループで行われた、改良されたWilson 作用による、同じくクェンチ近似での研究の2研究のみしかなかったが、本研究において3種類の動的クォークの自由度(アップ、ダウン、ストレンジ)を厳密に取り扱った、より現実的なDWFによる2+1フレーバーの動的格子QCD数値計算が始めて為された。その数値計算結果から、ハイペロンβ崩壊のDirac形状因子の零運動量移行での値f_1(0)が、フレーバーSU(3)対称性を厳密に課した場合の値に比べて、2-3%程度小さくなることが模型に依らない第一原理計算として始めて示された。これまでクェンチ近似による格子 QCD 数値計算で報告されてきた、フレーバー SU(3) 対称性の破れのパターンが重いバリオンを含んだ拡張されたカイラル摂動論やラージNcの解析とは異なるという状況が、本研究の現実的な2+1フレーバー格子QCD数値計算において決定的となった。本研究において、この相違が本質的にバリオンを含むカイラル摂動論においてはその摂動論の収束性の問題、ラージNc解析においては本来存在する第二種の形状因子を無視した解析である点など、それぞれの手法の問題点を指摘した。
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