ヒト免疫不全ウイルスHIV-1のTatタンパク質は天然変性タンパク質であり、ウイルスDNAの転写を制御する際に、ウイルス自身のmRNA(TARと呼ばれる)と相互作用する。本研究では、TatによるTAR認識の分子機構の詳細を、速度論的手法などを用いて解明することを目指した。 TAR結合領域を中心としたTat(37-72)C37Wタンパク質を作製し、TAR ssDNAとの相互作用を蛍光滴定法で調べた。その結果、約80nMの解離定数を得た。続いて、Tat-TAR反応の反応速度定数のTAR濃度依存性について調べるため、Tat濃度を固定しつつ、複数のTAR濃度についてストップトフロー蛍光法で反応速度を測定した。その結果、観測された反応の反応速度定数はTAR濃度に依存せず一定であることがわかった。このことは、ストップトフロー法で観測された反応は、Tatタンパク質の立体構造変化(フォールディング反応)であることを示している。また、反応曲線を時間ゼロに外挿した値A(0)がTAR濃度の増大に伴って減少したことから、本実験で観測することができなかった速い時間領域で大きく蛍光強度が変化しており、Tat-TAR反応は本実験で観測された遅い反応と、観測されなかった速い反応の、少なくとも2つの反応に分けられることが明らかになった。さらに、A(0)のTAR濃度依存性から求めた解離定数が、蛍光滴定による値と同程度であったことから、速い反応において結合反応が起きていることが示唆された。 以上の結果を総合すると、Tatは数ミリ秒以内にTARに結合した後、フォールディングして、最終的なTat-TAR複合体を形成すると考えられる。タンパク質の揺らぎに基づく分子認識機構として、構造選択機構と誘導適合機構が知られている。本研究の結果は、Tat-TAR認識反応は、誘導適合機構によって起きることを示唆している。
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