公募研究
本研究の目的は、神経細胞核内における脱リン酸化酵素PP1・PP2Aを同定し、精神疾患のシナプスパソロジーにおける核内脱リン酸化酵素PP1・PP2Aの役割を明らかとすることである。私達を含めたこれまでの国内外の研究により、神経細胞におけるPP1は、精神疾患に関連する因子であることと、主に細胞核内に局在することが示唆されている。PP1・PP2Aはシナプスだけでなく、神経細胞核内においてCaMKII等のリン酸化酵素活性を制御し、病態関連因子の機能調節を担っていると考えられる。また、核内のCaMKII/PP1・PP2A活性バランス不全はスパイン形態異常、学習障害を引き起こすことが予想される。しかしながら、核内におけるPP1・PP2Aの機能的な役割は未だ明らかとなっていない。本研究では以下の2点を明らかとすることを目的とする。1)神経細胞核内におけるPP1・PP2Aアイソフォームと核内PP1・PP2A脱リン酸化酵素活性の同定.2)神経細胞核内CaMKII/PP1・PP2A活性バランスの破綻によるスパイン形態、シナプス伝達の変化とその生理的役割.これまでに、神経細胞核内の脱リン酸化酵素に着目し、疾患関連遺伝子の発現とシナプス分子の発現、それによるシナプス機能に与える影響に関する研究は未だ報告がない。脱リン酸化酵素PP1・PP2Aの神経細胞核内におけるスパインの制御機構を明らかとすることは、シナプス病態解明の一旦を担うことができる。
1: 当初の計画以上に進展している
神経芽細胞腫Neuro-2aにおけるCaMKIIδ3の細胞内局在は細胞質と核の両方で見られた。しかしながら、脱リン酸化酵素であるプロテインホスファターゼ1(PP1)を共発現させることで、CaMKIIδ3は核内にのみ局在が認められた。また、CaMKIIδ3の核移行シグナル近傍に存在するSer332をAlaに変異したCaMKIIδ3(S332A)は核内にのみ局在が見られることから、PP1はCaMKIIδ3のSer332を脱リン酸化することで、CaMKIIδ3の核内移行を促進する可能性がある。さらに、CaMKII活性測定を行ったところ、PP1/CaMKIIδ3共発現細胞とCaMKIIδ3(S332A)発現細胞では核画分においてCaMKII活性が有意に上昇すること、Ser332をAspに変異したCaMKIIδ3(S332D)ではその上昇が見られないことが明らかとなった。BDNF mRNA発現に関してもPP1/CaMKIIδ3共発現細胞とCaMKIIδ3(S332A)発現細胞はmock細胞と比較して有意な上昇が見られた。これらの結果は、これまでに報告されてきたPP1のCaMKII(Thr287)脱リン酸化による活性抑制機構とは異なるものであり、PP1はCaMKIIδ3のThr287ではなくSer332を優先的に脱リン酸化し、核内のCaMKII活性を上昇させ、神経細胞におけるBDNFの発現を上昇させる機能を担っている。
脳内における中脳黒質緻密質のドパミン分泌細胞は、ドパミン神経変性疾患であるパーキンソン病だけでなく、統合失調症やADHD等においても重要な役割を担っている。私達はこれまで、カルシウム・カルモデュリン依存性プロテインキナーゼIIδ3(CaMKIIδ3)が黒質緻密質に豊富に存在すること、また、CaMKIIδ3の核内活性は神経突起伸長に重要な役割を担う脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor ; BDNF)の発現に関与することを見出した。そこで、本研究課題では今後以下の2点に関して検討する。1)マウス中脳培養細胞におけるCaMKII/PP1・PP2A活性バランスのスパイン制御機構の解明2)in vivoマウス黒質緻密部におけるCaMKII/PP1・PP2A活性バランスのBDNF遺伝子発現調節とドパミン神経細胞の樹状突起・スパインの定量的解析
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