高圧下の有機導体α-(BEDT-TTF)2I3は、質量ゼロの2次元ディラック電子系が弱い層間結合で積層した多層ディラック電子系であり、容易にn=0の基底ランダウ準位のみが占有される強磁場量子極限が実現する。更に強磁場領域での層間磁気抵抗の振舞は、ヘリカル表面状態を伴うν=0量子ホール強磁性状態の実現を示唆する。本研究の目的は、量子ホール強磁性状態を実験的に確認し、その表面伝導物性を解明することである。 初年度は、強磁場領域で飽和する層間磁気抵抗が、①試料の断面積でスケールされないこと、②特定の磁場方位でのみ強い飽和を起こすことの2つの実験結果から、ヘリカル表面状態による表面伝導の存在を実証し、系が量子ホール強磁性相にあることを示した。本年度は層内伝導特性によりヘリカル表面状態の様子を調べた。 層間磁気抵抗の飽和領域における、層内伝導は2端子試料の場合2端子を結ぶ試料端のヘリカルエッジチャネルによって担われると考えられる。このエッジ伝導が無散乱でバリスティックであれば1層当たりの2端子コンダクタンスはG=2e^2/hで与えられるはずである。しかし実験によればG~(2e^2/h)/100程度で、逆スピンをもつ対向エッジチャネルの間でスピン反転散乱が起き、エッジ伝導は拡散的になっていることがわかる。この事実は、本系では時間反転対称性が破れており、ヘリカルエッジ状態はトポロジカルに保護されないことと整合する。またスピン反転散乱長はL/100~10μm程度と見積もられる。また層内磁気抵抗の磁場方位依存性にも特定磁場方位で層間磁気抵抗の場合と同様な共鳴的構造が現れるが、これは端を持たないCorbino型同心円電極配置にすると消滅することを見出した。この結果は、隣接層のエッジ状態間トンネルの共鳴が拡散的な層内エッジ伝導に反映されたと考えると、矛盾なく説明することができる。
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