我々は前年度までに、TTPをカチオンとする錯体[Fe(Pc)(CN)2]2についてNMR測定を行い、①共鳴線幅が100K以下の温度領域で急激に増大し、パイ電子の電荷秩序が何らかのメカニズムによって磁気的な不均一性を生じさせていること、②10K以下の低温では、鉄d電子系は単純な2副格子のイジング性反強磁性秩序を、パイ電子系は、磁気モーメントの大きさが広く分布する非整合スピン密度波様の磁気秩序を、それぞれ示すことを見出した。しかし[Fe(Pc)(CN)2]2にはCN基の方向が直交する2種類の分子鎖があり、そのためNMRスペクトルが複雑で結果の解釈に仮定が必要となる。そこで本年度はTPP[Fe(Pc)(CN)2]2とよく似た物性を示し、1種類の分子鎖しか持たない(PTMA)0.5[Fe(Pc)(CN)2]CH3CNについて、サイト選択的なNMR測定を行うことを計画した。まずこの物質の単結晶育成が連携研究者(熊本大学・松田真生氏)によって試みられた。結晶育成法はTTP錯体と基本的に同じ溶液中電解法であるが、非化学両論的組成であるためか、当初はNMR測定を行うに十分な大きさの結晶が得られなかった。何回かの試行錯誤の後にTTP系よりは大分小さいが、測定が可能なNMR信号強度が得られると推定される大きさの単結晶を一個得ることに成功した。6.6テスラの磁場下でNMR実験を行ったところ、Pc環上の炭素サイトからの信号は確認できたが、CN基上の窒素サイトの信号は観測できなかった。従って、現状ではd電子の磁性についての情報は得られていない。原因としてはTTP系に比べて格段にNMR線幅が広くなっている可能性が考えられる。今後は、測定磁場を変えるなどして、窒素サイトの信号確認を再度試みたい。
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