幾何学的フラストレーションのある分子性物質におけるスピン液体相の詳細を明らかにするためにその磁気励起を磁気トルク測定によって調べた。前年度に重水素化した試料と重水素化していない試料との両方でギャップレスの磁気励起が存在する事を見出した。幾何学的フラストレーションの度合いが違うこの二つの試料で相互作用のエネルギーの一万分の一の温度までギャップレスの磁気励起が安定に存在するという実験結果は、量子臨界的な状態が相として安定に存在する事を示しており、ここから量子スピン液体における素励起がフェルミ粒子的な性質を持っている事が示唆される事がわかったので、本年度これらの結果をまとめてNature communications誌に発表した。 本年度はさらに、試料のカチオン基に大きさの異なるカチオンを混ぜる事で幾何学的フラストレーションの大きさを直接制御した試料に対して測定を行い、より広範囲な幾何学的フラストレーションの変化による素励起への影響を調べた。小さいカチオン基を混ぜる事で量子スピン液体相から磁気秩序相へとフラストレーションの度合いを小さくした試料の磁気トルクを極低温まで測定したところ、混晶塩で無い試料とほぼ同様の磁化過程を示す事がわかった。これはギャップレスの磁気励起を持つ量子臨界相が幾何学的フラストレーションの度合いの変化に対して安定に存在する事を示している。 一方、低磁場領域において不純物の影響を示唆する磁化過程が観測された。カチオン混晶試料の熱伝導率測定においても熱を運ぶ素励起の平均自由行程がカチオンを混ぜていない試料と比べて非常に小さくなっている事が観測され、混晶試料における不純物の影響がある事がわかった。今後、混ぜるカチオンの組み合わせの違いや不純物による量子スピン液体相への影響を調べる事で量子スピン液体という未知の凝縮相に関する新しい知見が得られる事が期待できる。
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