発生期に産み出された網膜神経細胞は、正しい場所へと配置され、秩序だった奇麗な層構造を形成する。網膜の小児がんである網膜芽細胞腫では、網膜細胞が増殖を繰り返した後に、特定の細胞層(一般的には内顆粒層)から脱して転移するが、無秩序に移動する能力の獲得メカニズム、すなわち、悪性化メカニズムはほとんど明らかにされていない。最近の研究によって、1)マウスRb-/-;p107+/-:p130-/-網膜では、分化した網膜水平細胞(抑制性神経細胞の1つ)が脱分化せずに増殖を繰り返し、その後、水平細胞に特徴的な性質を失って転移すること、2)発症初期に異なるタイプの網膜細胞が増殖しても、悪性化した網膜芽細胞腫は、未分化前駆細胞や特定の網膜神経細胞タイプの遺伝子発現様式を合わせ持つ「ハイブリッド型網膜細胞」になること、3)悪性化したヒト網膜芽細胞腫では、RB以外のゲノム変異はほとんど起きていないことが明らかになってきた。すなわち、網膜芽細胞腫の悪性化には、ゲノムレベルではなく、エピジェネティックな作用による「ハイブリッド型網膜細胞」への形質変化が重要だと考えられる。本年度は、エピジェネティックにRB依存的転写調節を担うクロマチンリモデリング因子BRG1に着目し、網膜特異的Brg1欠損マウスを解析した。Brg1欠損網膜では顕著な細胞増殖異常はなく、層構造の破綻が認められた。また、その層構造破綻を引き起こす候補遺伝子として、Wntシグナルを阻害するWif1が同定された。一部のヒト網膜芽細胞腫ではWIF1を過剰発現し、その細胞群ではWIF1を高発現しているにも関わらず、Wnt及びN-cadherinシグナルも同時に活性化する表現型を示した。今後、1)WIF1の過剰発現が細胞極性および接着の異常へと導く、2)WIF1の過剰発現が悪性化の引き金になるという仮説を立て、検証する予定である。
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