動物の胚発生では、受精卵から分裂、移動により胞胚期を経て初期胚が形成される。現在までに私はトランスジェニックコオロギを利用して、非常にダイナミックな細胞移動を伴った胚発生過程を、ライブイメージング技術を用いて詳細に明らかにしている。本研究では、コオロギ初期胚形成過程における特徴的な細胞の挙動に着目して「個々の細胞の動きと胚形成」に関わる遺伝子群の働きを明らかにすることを目的としている。まず、GFP発現トランスジェニックコオロギをもちいたライブイメージングにより、コオロギの発生過程における細胞動態を詳細に観察した。その結果、受精後20時間において一様に卵上層に存在する細胞が、受精後24時間までに急速に後方に移動し将来の初期胚原基を形成する細胞となることが分かった。そこで、この移動に関わる分子メカニズムを詳しく解析するため、受精後20時間と24時間の初期胚からmRNAを取得しトランスクリプトーム解析により両者のmRNA発現量に差のある候補遺伝子を探索した。この解析から、Wntシグナル経路に含まれる多数の因子が影響を受けていることが分かった。そこで、Wntシグナル経路の負の調節因子として知られているaxin遺伝子の機能抑制を行った。その結果、axin遺伝子の機能抑制によるWntの過剰発現胚ではコオロギの頭部形成に関わる細胞移動の異常が観察された。さらに、頭部領域のマーカー遺伝子であるorthodenticleの発現上昇が認められた。また、BMPシグナル経路のリガンドであるDppとaxinのダブルノックダウン胚では、Dpp RNAi胚で見られる腹側化が著しく抑制されていた。これらのことから、コオロギ胚では後部端においてWntシグナルとBMPシグナルの協調的な作用が後部伸長に関わる細胞移動に重要であると示唆された。これらの研究成果はまとめて論文として発表予定である。
|