非線形電気化学振動子の集団挙動を、非線形力学系の観点から進めてきたが、知見が蓄えられるにつれて、生物的な運動、たとえば、クラゲの傘の開閉運動や、腎盂や大腸の蠕動運動を、連成振動子系で再構成できる可能性が見えてきた。これらの経験を踏まえて、(1)大脳からの指令を必要としない不随意運動の再構成、(2)部分的な破壊を克服できる堅牢なパルス・ジェネレータの機能(生物的には、腎盂中の信号伝播)を 非線形振動子のネットワークからエミュレートした。目的とする機能が、ネットワークの中に意図的に作った「欠陥」によって、どのように傷害されるかを調べ、生物回路が有する堅牢性の発現機構を解明した。我々の手法は、非線形振動子を決められた規則に従って空間的に配置し、その信号を記録することで、目で見て振る舞いを追跡することができた。標的とする腎盂は、「平滑筋細胞」と「カハール細胞」からなる臓器で、電気生理的に信号伝搬機能が制御され、内分泌等の分子制御の影響が少ない。平滑筋とカハール細胞の巨視的な応答は、Hodgkin-Huxley 式で記述され、(a)「カハール細胞は振動性振動子」、(b)「平滑筋細胞は興奮性振動子」と見なせる。各細胞の腎盂中の位置により、それぞれの細胞の生理学的動作パラメータを個別に作り分けることは、生物学的に「極めて高い設計コスト」となる。従って、個々の細胞の孤立状態での動作パラメータを一定とし、「細胞の並べ方、すなわち、細胞間のネットワークにより臓器の機能が発現する」と考えることが妥当である。本研究では、細胞ネットワークの空間構造と機能発現を、モデル系と天然系で比較し、構造と機能の相関を明らかにした。
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