生物の行動は、プログラムされた本能的側面と、経験や環境により適応的に変化できる可塑的な側面から成り立っている。これまでの昆虫の行動の研究は、固定化された反射、本能行動が中心であり、行動の可塑性はあまり注目されてこなかった。生物は自己の維持、成長、増殖のために外界から栄養を取り込む必要がある。生物が栄養となる食物を識別する上で味覚感覚は重要であるが、生物は食物の栄養価をどのように感知しているのか。この問題をショウジョウバエのアミノ酸の摂食行動について研究した。羽化直後のハエを通常培地(aa[+])と糖だけの培地(aa[-])で6日間飼育し、アミノ酸に対する嗜好を調べた。絶食を行わないハエを用いて、赤青の食用色素を用いてアミノ酸混液とD-グルコースの2者選択嗜好実験を行った。その結果、雌雄ともaa[-]のハエのアミノ酸の選択率が有意に上昇した。個別のアミノ酸について、D-グルコースとの2者選択嗜好実験をaa[+]とaa[-]のハエを用いて行ったところ、システイン、フェニルアラニン、スレオニンについてはaa[-]のハエの嗜好度が増加していた。フェニルアラニン、システインを刺激溶液として吻伸展反射を調べた。フ節の刺激では吻伸展はおきなかったことからフ節味覚感覚子のアミノ酸に対する感度は低いと思われる。一方、唇弁を刺激したところ、アミノ酸欠乏状態のaa[-]ハエにおいて、アミノ酸混液およびフェニルアラニン、システインに対してaa[+]より有意に高い伸展反射を示した。この結果は、アミノ酸欠乏状態でアミノ酸の味覚感度が唇弁の感覚子において上昇することを示している。体内の栄養センサーによって制御される神経修飾機構が摂食行動の意思決定において重要であることがわかった。
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