研究実績の概要 |
神経系の発達した動物は学習を通じて記憶を脳神経系に獲得し、その記憶を保持して必要に応じて想起することができる。動物の記憶は主に短期記憶と長期記憶に大別される。ショウジョウバエではキノコ体と呼ばれる脳領域が短期記憶中枢であると考えられているが、長期記憶中枢に関しては厳密に特定されていない。本研究では,ショウジョウバエの記憶測定法である「求愛条件付け」により同定された3つの長期記憶遺伝子[period (per), painless (pain), apterous (ap)]に注目し,長期記憶にかかわる脳領域の同定を行った。RNA干渉法による特定細胞における遺伝子発現抑制実験を行ったところ,perは中心体と呼ばれる脳構造の一部のニューロンで、pain は脳内のインスリン分泌細胞とキノコ体で、apはキノコ体で、それぞれ重要な役割を果たすことが明らかとなった。また,遺伝子発現抑制のタイミングを制御する手法を用いた研究から,中心体ニューロンで発現するper,キノコ体およびインスリン分泌細胞で発現するpain,キノコ体ニューロンで発現するapはいずれも長期記憶の獲得段階に必要であることを見出した。次に,抗PER抗体および抗Ap抗体を用いた免疫染色により,中心体を構成する一部のニューロンでPERタンパク質が,また一部のキノコ体ニューロンにおいてApタンパク質が発現していることを明らかにした。painはCa2+を選択的に透過するTRPチャネルをコードしており,キノコ体ニューロンにおけるCa2+流入が低下している可能性が考えられた。そこで,キノコ体ニューロンの神経活動を蛍光Ca2+プローブにより可視化し野生型とpain変異体の比較を行ったところ,pain変異体のキノコ体ニューロンのCa2+流入が野生型よりも低下していることが明らかとなった。
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