様々な感覚入力によって先天的や後天的に恐怖情動は誘発される。本研究では匂い分子によって先天的と後天的に誘発された恐怖反応を処理する神経メカニズムに関する解析を行った。私たちは、様々なレベルで先天的な恐怖情動を誘発する一群の人工物由来の匂い分子「恐怖臭」を初めて発見した。匂いによって誘発した先天的と後天的な恐怖情動に伴う生理応答を比較解析した。その結果、先天的な恐怖情動のみが体表面温度と体深部温度の3℃以上の同時低下や、心拍数の急速な半減というこれまでに報告されていない強力な生理応答を伴うことが明らかになった。 続いて、様々な方法で恐怖情動を誘発した際に活性化する脳内の神経細胞を、神経細胞の活性化マーカーの一つであるarc遺伝子の発現を指標に解析した。(1)電気ショックとの関連学習によって誘発した後天的な恐怖、(2)恐怖臭を用いて誘発した3つのレベルの先天的な恐怖、(3)閉所への拘束によって誘発した先天的な恐怖によって神経活動レベルが変化する脳領域を解析した。いずれの恐怖情動においても視床下部の室傍核におけるarc発現レベルの上昇が確認された。後天的な恐怖では扁桃体側方核のarc発現が上昇したが、扁桃体中心核ではarc発現は変化しなかった。これに対して、先天的な恐怖では扁桃体側方核のarc発現の上昇は認められなかったが、扁桃体中心核におけるarc発現の上昇が確認された。また、先天的な恐怖では後天的な恐怖とは異なり、線条体におけるarc発現レベルの低下や、PAGや中隔におけるarc発現の上昇などが認められた。これらの結果から、匂いによって誘発される先天的と後天的な恐怖応答は異なる神経メカニズムによって制御されていることが明らかになった。
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