メチル水銀(MeHg)は血液脳関門を通過して中枢神経障害を呈する環境中親電子リガンドである。その毒性発現として、タンパク質のシステイン残基を介した化学修飾(S-水銀化)が知られているが、本親電子リガンドはGSHのような求核低分子と共有結合することで不活性化される。ところで、生体内では主にシスタチオニンβ-合成酵素(CBS)およびシスタチオニンγ-切断酵素(CSE)から硫化水素(H2S)が産生されている。我々はH2SのpKa値が6.76であることから、生理的条件下ではその81%がHS-の形で存在するために、MeHgのチオール基付加反応を介してその解毒に重要な役割を担っていると考えた。我々はCBSの酵素反応系およびMeHgに曝露した細胞および個体試料中より、代謝物として(MeHg)2Sを同定した。(MeHg)2SはMeHgとは異なり、タンパク質のS-水銀化や毒性を殆ど呈さないことからMeHgの新奇解毒代謝物であることが考えられた。また、個体レベルでの MeHgの有害作用におけるCSEの役割について検討した結果、MeHg投与野生型マウスの脳、心臓および肝臓中で観察された(MeHg)2S産生は、CSE欠損マウスのそれぞれの臓器中から殆ど検出されなかった。また、MeHg (5 mg/kg、12日間)を経口投与した野生型マウスでは致死効果および異常行動は見られないのに対して、CSE欠損マウスではMeHg投与開始14日後に全ての動物で全身性の振戦を呈し、本投与開始21日後には全て死亡した。MeHg投与16日後において、野生型マウスの脳では小脳プルキンエ細胞の異常は全く観察されなかったが、CSE欠損マウスでは複数のプルキンエ細胞変性が認められた。以上より、CSEは個体レベルにおいてMeHg毒性発現の抑制因子として重要な役割を担っていることが示唆された。
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