本研究はがん転移に関わるPRL蛋白質について、その酸化ストレス応答の制御機構と、その意義を追究するものである。平成24年度においては、酸化されたPRLがどのようにして還元されるのか、その仕組みを明らかにすることに取り組んだ。非還元状態下でのSDS-PAGEを行うことによってPRLの酸化修飾状態を検出したところ、細胞内において酸化されたPRLが速やかに還元されることを見出した。阻害剤を用いて細胞内における代表的な還元システムであるチオレドキシン系ならびにグルタチオン系のそれぞれを抑制したところ、チオレドキシン系の阻害剤 DNCB (TrxRの阻害を介してチオレドキシン系を抑制) によって酸化型PRLの還元が抑制された。細胞質においてTrxRの下流で働くチオレドキシン関連因子の組換えタンパク質を発現、精製し、in vitroで酸化型PRLに対する還元活性を直接測定したところ、チオレドキシン関連因子の1つであるTRP32が特異的に酸化型PRLを還元することを突き止めた。実際、TRP32のノックダウンによって、細胞内における酸化型PRLの還元が有意に遅延した。また、さらにドメイン欠失変異体などを用いた解析を行った結果、TRP32のC末端側に位置する機能未知ドメイン (DUF1000ドメイン) に酸化型PRLが直接結合することが、TRP32による酸化型PRLの特異的還元にとって重要な役割を果たしていることも併せて突き止めている。一般的に細胞質内で酸化された蛋白質はチオレドキシン等の働きによって非特異的に還元されると考えられており、TRP32 がPRLのレドックス状態を特異的に制御するという発見はユニークなものである。またこれらの実験結果はTRP32がPRLを還元状態に維持することでPRLの分子機能を制御し、がん転移などに関わっている可能性をも示唆している。
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