研究概要 |
脊椎動物に存在する心臓,肝臓,脳などすべての器官は、受精卵を起源として、数十回を越える細胞分裂と、生死の淘汰を経て、時空間的に規定された遺伝子発現調節とエピジェネティック制御の下、細胞分化・成熟して形成される。それ故、個体内では、細胞分化は、細胞増殖・細胞死とのトライアングルで制御されている。器官形成に関わるシグナル伝達系は、Wnt,Notch,Hedgehogなど複数存在し、いずれも重要であるが、解析対象を絞りながら、普遍的な情報を抽出するアプローチが重要と想定される。本研究では、細胞増殖・細胞死・細胞分化のいずれの制御にも関与するHippoシグナル系とMAPキナーゼ系を対象とし、器官形成時の細胞分化における役割解明を目的とする。さらに細胞競合(cell competition)説の観点から、器官形成に必須な細胞分化の分子機構を統合的に理解する。 本年度は、以下の成果が得られた。 MKK7遺伝子をNestin-Creマウスと交配することで、神経幹細胞特異的にノックアウトした。その結果、神経細胞移動の低下と神経伸長の低下を伴う脳形成異常が生じた。これらの結果は、MKK7が正常な神経回路を形成する上で必須の役割を果たすことを示唆する。また、圧力を利用したマウス尾静脈からの遺伝子導入法「HTVi法」を用いて、Hippoシグナル系を破綻させた新たな肝病態モデルマウスを作出した。肝臓のサイズを制御するHippoシグナル経路の標的分子YAPを活性化すると、肝細胞がんが誘導されることを見出した。Hippoシグナル系が肝臓のサイズの制御を通じて、がん抑制に関わっていることを示す結果である。また興味深いことに、この過程には「細胞競合」という細胞の品質管理機構であるが関与している可能性を見出した。肝疾患を細胞レベルの品質管理という観点から治療する戦略の動物モデルとして期待される。
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