研究領域 | 水を主役としたATPエネルギー変換 |
研究課題/領域番号 |
23118701
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
高橋 英明 東北大学, 大学院・理学研究科, 准教授 (10291436)
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キーワード | 密度汎関数法 / 溶液の理論 / 自由エネルギー / ATP加水分解 |
研究概要 |
酵素反応においては、その触媒機能の発現に対してタンパク質の構造揺らぎが本質的に重要な役割を担っている可能性があり、自由エネルギー計算において分子構造の揺らぎを考慮することが必須である。実際、ATPは大きな内部自由度を持つ分子であり、溶媒和自由エネルギーの計算において、分子構造の揺らぎを考慮することは必須である。しかし、これまでの溶液内の反応の自由エネルギー計算では、溶質の分子構造は固定されていたので、構造の揺らぎを考慮するためには、方法論を拡張する必要がある。我々は、これまでの開発で、電子密度が揺らぐことによる自由エネルギーの寄与をエネルギー表示の枠組みで計算することを可能にしている。昨年度の目標は、この揺らぎの自由エネルギーに関わる理論式を見直して、これを大幅に単純化するとともに、近似的な汎関数を用いない厳密な方法の定式化を目指すことであった。具体的には、溶液中での電子状態の歪みのエネルギーと分極した電子密度-溶媒間の相互作用エネルギーの総和をひとまとめにして、これにエネルギー座標を付与する。そうして、このエネルギーについて分布関数を構築して、自由エネルギー計算の基本変数とする。この取り扱いによって、溶質-溶媒間の多体の相互作用をエネルギー表示の理論の枠組みで厳密に記述できるようになる。昨年度は、実際にこの方法を定式化し、ソースコードを開発した。ベンチマークテストとして水分子やグリシンの溶媒和自由エネルギーを計算し、実験値と比較して良好な結果を得た。さらに、ATPのプロトタイプ分子である1価のピロリン酸の加水分解反応についてこの方法を適用し、実験値をほぼ再現する結果を得た。ATPは最大で4価までの余剰電子を有するので、水中で溶質の電子密度が揺らぐことの自由エネルギーへの寄与を数値的に厳密に計算する方法を得たことの意義は大きい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の研究計画では、溶質の電子密度が溶液中で揺らぐことによる自由エネルギーへの寄与を定式化し、さらにATP分子の構造揺らぎを考慮する方法に拡張する予定であった。電子密度の揺らぎの寄与の計算については、当初の計画通りに研究を進行させることができた。しかし、分子の構造揺らぎについては、震災による研究開始の遅れや研究員が雇用できなかったことなどにより、目標の進展を達成できなかった。また、実際に想定したよりも多くの計算時間が必要となったことも原因の一つである。
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今後の研究の推進方策 |
ATP分子の加水分解の自由エネルギー計算は、分子サイズが大きいために、当初の想定よりも多くの計算時間が必要となる。ATPのプロトタイプ分子であるピロリン酸の加水分解の自由エネルギーは、余剰電子の大きさに関わらずATPのそれとほぼ同じであることから、ピロリン酸の自由エネルギー変化を解析しても、恐らく本質は損なわれないと考えられる。ATP分子そのものよりも、先ず、ピロリン酸について主要な結果を得ることを最優先とし、分子構造の揺らぎに伴う自由エネルギーは、その次の研究課題とする。
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