ATP駆動の回転分子モーター・F1-ATPase(F1)は、1分子観察によって、ATP結合部位でのATP加水分解サイクルの素過程(ATPの結合・加水分解・分解物解離)と、回転軸角度との対応関係がほぼ明らかにされている。本研究では、その各素過程でのエネルギーの出入りを決定するために、環境(温度やATP加水分解の自由エネルギーなど)を変化させて 1分子観察を行った。環境変化の各素過程速度への影響を調べることで、各素過程の熱力学パラメーターを取得した。 1.ATP加水分解サイクルの各素過程の温度依存性: ほぼ無負荷の状態でF1の回転運動を、広範囲にわたる温度領域(4-65℃)で測定し、各素過程速度の温度依存性を得た。ATP結合角度を0°とすると、回転速度の律速過程は、高温(30-65℃)では、ATP加水分解または分解産物のリリース、低温(5-15℃)では、ADPリリースであることが示唆された。 2.ADPの存在によって影響を受ける未知の素過程: ATPとADPの濃度が等しい条件(ΔGが一定)で、ほぼ無負荷の状態でのF1の回転運動を調べた。各ATP濃度で5割程度の回転速度低下がみられ、この低下が、ATP結合角度の停止時間の増加に由来していることが分かった。ADPの存在によって、本来ATPが結合するはずのサイトにADPが緩く結合することによって、ATPの結合を妨げている可能性が高い。この素過程と低温で見られた素過程には関連がありそうである。 3.素過程への分離を容易にするモニター分子: 各素過程がさらに別の角度で起きれば、各素過程速度を求めることが容易になる。F1の回転子のN末で7個、C末で29個のアミノ酸を削除した変異体は、野生型と比較して停止角度が多いことを明らかにした。回転速度も遅すぎないため、モニター分子として活用できそうである。
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