本研究では、がんの悪性度を規定する生物学的特徴(特に転移並びに治療抵抗性に着目)の背景にあるゲノム・エピゲノムの変化を時系列の視点から包括的かつ統合的に捉え、がんの病態を動的なゲノムシステム異常として理解するためのデータ基盤を提供し、その解析から新たな治療標的の同定を行う事を目的とする。 3症例トリオ(進行乳がん原発腫瘍、リンパ節転移腫瘍、非腫瘍部)から顕微鏡下に腫瘍細胞を単離し、DNA抽出後、全エクソンを濃縮し、高速シークエンサーによる解読を行った。原発腫瘍3検体においてアミノ酸置換を生じる遺伝子塩基置換(non synonymous変異)またはスプライシング部位における塩基置換を56遺伝子に、リンパ節転移腫瘍3検体においては107遺伝子に予測した。3検体のうち1検体を除いてリンパ節転移腫瘍の方が原発腫瘍よりも2倍近い数の遺伝子変異が予測された。各変位について連携研究者と協力しながら、Polyphen2等のアルゴリズムによって機能的な分類を行い、有望な候補遺伝子の抽出を試みた。得られた候補遺伝子について、別検体コホートで検討した結果、複数の症例で変異を来す新規がん抑制遺伝子候補を同定した。EZH2はポリコーム複合体を形成し、ヒストン3の27番目のリジン残基 (H3K27)をトリメチル化してエピジェネテックな転写抑制を行う。乳がん細胞株HCC1143の細胞抽出液からEZH2抗体とH3K27トリメチル化抗体による免疫沈降を行い、濃縮された結合DNA断片を解読した。ゲノム配列上へマッピングされたDNA断片からEZH2とH3K27トリメチル化の結合ピークをFDR (False Discovery Rate) 値 0.05 未満の条件でそれぞれ検出し、両者に共通する1414個の近傍遺伝子を同定した。その中には細胞増殖や転移、分化制御に関連するような分子群が含まれていた。
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