本研究の目的は、手の操作的運動 (マニピュレーション)とその結果引き起こされる感覚入力(触覚#8226;深部感覚)が脳内で処理されて、物体の物理量や質感を認知する仕組みを、神経生理学的な観点から明らかにする事であった。本年度は、そのために必要な動物の訓練に並行してヒトを対象にした体性感覚による質感認知研究の実験系を立ち上げた。被験者に1)示指屈曲、2)拇指と示指による精密把握、3)全指によるパワーグリップ、の3タイプの把握を行わせ、その際の第一背側骨間筋の単一運動ニューロンの活動電位を筋内針電極を用いて記録した。運動ニューロンの発火頻度はDC電圧に変換した上で被験者に視覚フィードバックとして与え、把握のタイプによらず常に一定に維持するように指示をした。記録中に尺骨神経を0.3-1Hz(間隔はランダム)で刺激し、記録中の運動ニューロンへの単シナプス性入力のサイズを把握のタイプ別に比較した。記録された28個の運動ニューロンを対象に解析を行った。その結果、5本指把握に比べて示指のみ、また拇指と示指を用いた把握の運動ニューロンの単シナプス応答のサイズが有意に小さいことが判明した。一方、各把握における運動ニューロンの平均発火頻度には有意な変化が認められなかった。この結果は運動ニューロンへの体性感覚入力が示指のみ、また拇指と示指を用いた把握時において抑制されていること、その抑制が一次求心神経末端部へのシナプス前抑制によって引き起こされていることが明らかになった。つまり、精密な把握によって物体を触れる場合には、反射弓への感覚入力が予め減弱している可能性がある。この事は質感認知のための下降路からの運動指令への自由度をより大きくするという点で有利なメカニズムなのかもしれない。
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