研究領域 | 散乱・揺らぎ場の包括的理解と透視の科学 |
研究課題/領域番号 |
23H04142
|
研究機関 | 芝浦工業大学 |
研究代表者 |
廣井 卓思 芝浦工業大学, 工学部, 准教授 (20754964)
|
研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | 動的光散乱 / ダイナミクス / ソフトマテリアル / 不均一性 / 生細胞 / 波面制御 / ゆらぎ / 光子相関 |
研究実績の概要 |
ソフトマテリアルにおいて、マクロスケールの物性とミクロスケールの構造の相関を見出す上で、マイクロメートルスケール=メソスケールにおける不均一性の重要性が知られているものの、ソフトマテリアルにおけるメソスケール構造を定量的に描写する手段が存在しないため、現時点では極めて定性的な理解に留まっている。本研究では、独自の計測技術である顕微動的光散乱法に、天体分野で発展した補償光学の考えに着想を受けた入射光の波面制御システムを組み込んだ新たな計測法、波面整形顕微動的光散乱法を開発し、ソフトマテリアルや生細胞のメソスケール不均一性の可視化に挑む。 従来の動的光散乱によるゲルの構造解析では、セル内に調製したゲルに光を当て、その散乱光強度の揺らぎを解析することによって、ゲルの網目サイズに関する情報を得る。ここで問題となっていたのが、測定点によって過剰散乱光の強度が変化し、測定信号が不規則にヘテロダイン化されてしまい、正確な緩和時間が得られなくなる点である。そして、過剰散乱光の効果を解析的に調べるために、ゲル内の複数の点を測定する必要があった。そこで本研究では、この問題を解決するために,空間光変調器を用いた波面制御動的光散乱装置の開発を進めている。 生体への動的光散乱においては,顕微鏡下で細胞中の特定の箇所に集光したレーザー光からの散乱光強度のゆらぎ計測を行い,非染色・非侵襲に細胞質中の物質のゆらぎの計測を行った。長期的に見ると,当該研究は,近年注目を集めている,生細胞中における液液相分離現象に対する新たな知見が得られるのではないかと期待される。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
波面制御動的光散乱装置については,すでに空間光変調器を導入しており,波面を制御するプログラムの動作確認も完了している。モデルとして,ゼラチンゲルの動的光散乱を通常の装置で計測しており,先行研究と一致する結果が得られている。 生体への動的光散乱については,当初は2年目に行う予定であったが,2023年度にヒメツリガネゴケを試料とした動的光散乱計測を試みた。その結果,ヒメツリガネゴケの細胞内部のゆらぎを計測することに初めて成功した。ヒメツリガネゴケは,ボトムディッシュ底面のカバーガラス上に設置したゲルの上に設置されており,倒立型顕微鏡によってボトムディッシュのまま光学像観察およびレーザー光の照射が可能となっている。なお,ヒメツリガネゴケは1つの細胞の長辺が100 μm程度と大きく,かつ細胞の重なりがない状態で観察できるため,光を用いた生細胞研究のモデル植物として広く使われている。得られた時間相関関数は,逆ラプラス変換することによって拡散係数分布に変換することができる。そして,生細胞中における溶媒粘度を水と同じであると仮定することによって,Einstein-Stokesの式に基づいて粒子半径分布に変換することができる。その結果,粒径としてサブマイクロメートルオーダーの粒子の存在が示唆された。
|
今後の研究の推進方策 |
波面制御動的光散乱装置については,後方散乱形式で角セルからの動的光散乱を取得できる装置の開発を進めている。そして,光路中に配置した空間光変調器を操作することによって,ゲルから得られる時間相関関数の初期振幅の制御を試みる。この制御が可能となれば,ゲルの網目サイズの空間依存性を精密に測定することが可能となる。 生細胞の動的光散乱については,何を計測しているのかを明らかにすることによって,論文化までつなげることができると期待される。前述したコケ細胞中において見られたサブマイクロメートルオーダーの粒子が何を表しているのかを推定するために,野生型のヒメツリガネゴケに対して各種薬剤処理を行い,原糸体細胞の先端部に対して顕微動的光散乱計測を行うことによって,生細胞の動的光散乱で見られている生体現象の原因究明を行う。また,植物細胞ではなく動物細胞でも実験を行い,顕微動的光散乱法による生細胞のゆらぎ計測の汎用性を示したい。
|