公募研究
本研究 「外圧に抗し肥厚成長する 脳原基の 壁強化工法: 蓄エネ的 自縛充満 と 根張りスペーシング」 は,胎生期前半のマウス頭部において 脳原基が いかにして,表皮や皮下組織による締め付け・押し込みのもと,ドーム状成長を果たし得るのか,脳原基壁の中で 圧縮材と張力材が どう組み合わされ 強度保証に資するのか,「壁内エネルギー貯留」が「抵抗性・強度」にどう関係・貢献するかに注目しつつ 明らかにする目的で開始された.2023年度は,まず,大脳皮質原基内の異なる細胞群の間の力学的協働に注目した解析を進め,詰め物役・圧縮材役のニューロンと,放射状の形状が張力材として機能する神経前駆細胞が,壁全体を「自縛」的に安定化するという,壁の強度保証機構について見出した(論文発表).さらに,脳脊髄液をたたえた脳室の圧を計測する差圧計システムを立ち上げ,これまで未知であった胎生早期マウス脳室圧を測ることに成功し,脳室圧が脳の周囲・外部からの力学的負荷に大きく影響されて成立していることも見出した(学会発表).一方,脳室関連の解析の中で,当初脳の外の結合組織側にいたマクロファージが正中線上のroof plateと称される部位から脳室に一旦侵入したのち,脳室から大脳原基壁(内面)に入り,その後ミクログリアになることを見出した(論文発表).さらに,子宮内で胎仔を取り囲む羊膜腔の圧測定も達成し,発生ステージ依存的な変化を見出した(学会発表).また,脳室の圧を受け止める脳原基壁内面を構成する神経前駆細胞集団の個々の先端(頂端面)においてカルシウム濃度上昇を観察し,薬理学的ないし力学的介入を可能とする系を立ち上げた.
2: おおむね順調に進展している
本研究は,胎生期前半のマウス頭部において 脳原基の壁という「上皮として最大の壁厚」を有する存在がいかにして,表皮や皮下組織による締め付け・押し込みのもとドーム状成長を果たし得るのか,脳原基壁の中で 圧縮材と張力材が どう組み合わされ 強度保証に資するのか,「壁内エネルギー貯留」が「抵抗性・強度」にどう関係・貢献するかなど,どんな安全のための工法を用いているかを明らかにすることを通じて,本領域全体での「からだ工務」理解の拡張・深化に結びつけることを目指して,着手された.2023年度は,まず,大脳原基壁が,内含する幹細胞および神経細胞の細長いファイバー構造を 壁内細胞の増加と 力学的に協働させることで, 周方向ならびに法線方向の引張りを生じさせ,自縛下の圧縮充満という メカニズムによって壁の強度を確保しているらしいということを,残留応力開放試験などを通じて見出した(論文発表).さらに,脳原基壁がじかに対峙する液腔(脳室)の圧がどのように成立しているかについて新しい事実が得られた.成体におけるさかんな脳脊髄液(cerebrospinal fluid = CSF)の産生の場として知られる「脈絡層」はすでに形成されてはいるが,胎生早期・中期のマウス胎仔に対して,薬剤によるCSF阻害実験を行ったところ,脳室圧低下は軽度であり,それよりもはるかに大きな脳室圧低下をもたらしたのは,脳周囲の頭皮の収縮性を弱める・奪う実験であった.このことから胎生期の脳室圧に対する脳周囲組織による拘束の貢献が窺えた.こうした「外からの拘束」のもと「ほとんど圧縮されない(体積減少しない)」という性質を持つ液体を溜めた脳室は,「静水力学的骨格」として,内方から脳原基壁を支持しているとも分かった.
2023年度に把握した「脳室圧が脳の外からの力学的な負荷に影響されて成立している」という事実,「さらに外」である羊膜腔が子宮の収縮性のもとでどれほどの圧値であるのか,そのことが胎仔の脳室圧にどう影響を及ぼすのかを理解する必要性を示した.そこで,まず,脳室圧,羊膜腔圧を胎生期を通貫して測定すること,得られた圧値を培養下の脳原基組織やそれに由来する細胞に付与し,増殖・分裂,収縮性などの力学的応答性を評価する.また,圧負荷に対する応答が見られた場合は,いかなる分子機構で力学的刺激を感知しているのかについて,機械受容チャネルに対する阻害剤を用いつつ圧負荷実験を行う.またカルシウムイメージングと組み合わせて,どの場所で力学的刺激(圧負荷)に対する応答が高まるのかも明らかにする.発生ステージに応じた脳室圧や圧負荷に対する応答性の遷移をとらえ,高い脳室圧と低い脳室圧のそれぞれに生理的な形態形成上の意義がありはしないかという仮説を検証すべく,脳原基壁の振る舞いを観察するためのスライス培養や,子宮内の胎仔の脳室に対する脳室面収縮性を弱めるための薬剤注入実験,子宮内胎仔の脳原基壁の最内面をライブ可視化した状態で二光子顕微鏡による観察を行い,「脳原基壁が厚くなる」という現象が,これまで想定されてきた「外に向けて盛り上がるように」というパターンによるだけではなく,内すなわち脳室に向けて(脳室を狭めるよう)壁の最内面が迫り出すようにして起きているかもしれないという,「脳の工法」に関する全く新しいモデルについて解析を行う.
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Neocortical Neurogenesis in Development and Evolution
巻: 1 ページ: 119-136
10.1002/9781119860914.ch7
Cell Reports
巻: 42 ページ: 112092
10.1016/j.celrep.2023.112092