研究領域 | 分子サイバネティクス ー化学の力によるミニマル人工脳の構築 |
研究課題/領域番号 |
23H04392
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
景山 義之 北海道大学, 理学研究院, 助教 (90447326)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 自律分子システム / 分子計算機 / 情報センシング / 力学運動 / 発動分子 / 自己組織化 / 時空間パターン形成 / 分子ロボット |
研究実績の概要 |
本計画は、自律型の力学挙動を示す超分子システムが、情報処理を実現できることを実証し、その特徴を明示することを目的とする。申請者らが発表している「光駆動自励振動結晶」の中には、結晶学的に異なる複数の光異性化分子が存在する。このうち、一つの光異性化分子はActuator(A)であり、青色光を受光し、自己継続的な振動を誘起する。残りの光異性化分子は、Sensor(S)として緑色光(※後述)を受光し、情報変換過程(P)を経て、結晶の運動形態を変調する。 本計画では、青色光照射下で自己継続的な振動をしている結晶に対し、情報光として緑色光(※後述)の偏光を照射した際の振動運動の変調を観測し、その振る舞いの中に情報光に対して非線形の応答、すなわち「計算」された応答が存在することを明示すると共に、その非線形応答の特徴を調べる。 この計画のもと、今年度は装置のセットアップとともに、情報光に対して線形応答した場合に想定される「偏光角度-振動数」および「偏光強度-振動数」の関係式を、反応速度式を解くことで理論的に構築した。この際、緑色光は情報光としての性質よりも駆動光としての性質を強くもっていることが判明し、情報光として用いるべき波長帯がより長波長帯になることを明らかにした(前述※に対応する注)。これらの研究項目は、ほぼ計画通り進展した。 加えて、青色光照射下で運動する結晶に対し緑色や黄色の偏光を照射する実験を開始した。その挙動の中に「計算」としての振る舞いが存在することを明らかにすることが、本研究の主目的である。現在、実験データを蓄積中であり、主目的を明朗に示すことのできる実験条件も探索中である。この中で、顕微観測で得られる画像の鮮明さについての問題や、計測中における試料の劣化問題など、いくつかの実験上の課題も明らかになってきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画で想定した①~⑤の5段階の研究段階のうち、初年度に予定していた3段階目までを、予定通り完了ないし開始した。 【①実験系のセットアップ】研究対象とする結晶は、青色の波長領域の光を受けて駆動力を生み出し、フリップ運動を自己継続する。従来は、駆動力を効率よく生み出す波長範囲を探索し、自律運動を生み出すことを研究対象としてきたが、本研究では、駆動に関与しない波長範囲の光を「情報光」として結晶に与えることを鍵とする。駆動に関与しない(関与しにくい)光の波長範囲を調べることを目的に、モノクロメーターを介した光を照射可能な顕微鏡観測システムを構築した。次項②での解析も踏まえ、当初予測していた緑色帯ではまだ駆動に関与していることが分かり、それよりも長波長帯の光を情報光として用いる必要があることが明らかになった。 【②速度解析にかかわる理論の構築】二つの異なる波長の光を結晶に当てた場合についての、結晶のフリップ運動の時間パターンや発現可能性を、反応速度式を解くことで予想するとともに、実験結果との良い一致を確認した。加えて、片方の光を偏光にした条件下での結晶のフリップ運動振動数の、偏光角度依存性も、実験結果と速度式からの予測で良い一致を示すことを確認した。なお、多変量解析が故に各パラメーターの正確さが保障されていないことと、長時間実験に際しての試料の劣化が、研究計画主目的を明朗に示すための障碍になることも明白になった。 【③主目的の実験の実施】青色定常光(駆動光)照射下でフリップ運動を自己継続する結晶を対象に、駆動エネルギーにならない情報光を与え、応答としての結晶の運動を観測する。実際に実験を開始し、そのデータを集積している段階にある。但し、撮影される画像の鮮明さに欠けることから、コンピューターによる動画解析にかかわる労力が大きくなっており、対策が求められる。
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今後の研究の推進方策 |
当初計画に従って研究を推進していく。すなわち、今年度から開始した③の実験を進め、自律的に駆動可能な結晶が「計算」に相当する挙動を示していることを示すとともに、その計算の特徴を明らかにする。 今年度の研究で、モノクロメーターから出力される光が想定よりも弱かったこと、および、偏光照射時の顕微画像の鮮明さが不十分であったこと、が課題として見つかった。前者は、情報光の波長を確定すれば、モノクロメーターではなくバンドパスフィルターで分光すれば良く、解決の目処は立っている。一方、後者については、現時点において解決策を見いだせていない。これは、多色の光を偏光で入力して計測しようとするために、観測光路が複雑になっていることに由来する。加えて、蛍光像ではなく明視野像で撮影しており、コントラストに欠くことも理由になっている。鮮明さを欠く画像であることでコンピューターでの解析に時間がかかる点は、労力を掛ければすむが、抜本的な解決とは言えない。加えて、投稿した学術論文で、画像が不鮮明であることを理由にネガティブな審査コメントを受けるなどしている。顕微鏡メーカーの技術営業の方や、光学機器メーカーの技術の方、および顕微観測に強い研究者などと相談し、解決策を探っているところである。
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