研究領域 | 量子サイバネティクス - 量子制御の融合的研究と量子計算への展開 |
研究課題/領域番号 |
24102701
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
松岡 秀人 東北大学, 多元物質科学研究所, 助教 (90414002)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 光合成 / エンタングルド状態 / 高時間分解ESR / 生体量子情報 |
研究実績の概要 |
近年、光合成に参加する分子が常温においてもエンタングルド状態を保持している可能性が示され、天然の光合成タンパクは量子情報科学分野において注目を集めつつある。光合成反応における光エネルギー変換の初期過程では、生体膜に特異的に結合したタンパク質(いわゆる反応中心と呼ばれるタンパク質)の中で、一連の光誘起電子移動が生じ、その初期電荷分離過程において純粋な一重項状態をとるスピン相関ラジカル対が生成される。そのラジカル対の固有状態間にコヒーレンスが存在し、本研究では我々がこれまでに開発してきた超高速時間分解EPR装置より量子ビートとして、そのコヒーレンス観測を行ってきた。なお、我々のEPR装置の時間分解能は、世界でもトップレベルである5nsを実現している。光合成タンパク内のコヒーレンスは室温においてさえ観測されることは特筆すべきであり、現在その長時間のコヒーレンスがいかにして保持されるのか、様々な化学的環境下における実験で追跡している。実際これまでに、シアノバクテリアタンパク質中で置換可能な水素および窒素を、重水素化および15N置換することで、数百nsまでコヒーレンス時間を改善してきた。我々はまた、生体分子スピン系の量子情報を検出および操作を可能とするため、電流検出型高時間分解高周波パルスEPR装置の構築も行ってきた。これまでに、Bruker 社製E600分光器に自作のパルス制御システムと、高出力(280mW)マイクロ波パルス増幅器を備えたマイクロ波ブリッジを導入することにより、高時間分解高周波パルスEPR装置の構築を終え、さらに改良型共振器の試作を終了し、標準試料による性能評価を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、高時間分解高周波(95GHz)パルスESR分光器を発展させ、高時間・スペクトル分解能を有し、かつ超高感度な電流検出型高周波パルスESR法を確立するとともに、光合成タンパク内のスピン相関ラジカル対に対して量子コヒーレンスの安定化および量子スピン状態の制御と観測を行うことである。具体的には、1)光合成タンパクの緩衝剤(pH調整試薬)、溶媒、あるいは同位体の置換など化学的な処理を通して量子コヒーレンスの安定化を行うこと、2)電流検出ESRに適用可能な微小なデバイス試料の作成を行うこと、3)微小試料と並行して、比較的大きな試料にも適用可能なESR共振器を新たに作製すること、4)高時間分解能化を図るため、マイクロ波発振器を改良し、マイクロ波パルスの高強度化を行うこと、5)光電流の検出と同期した高周波パルスESR実験を実現し、光合成タンパクにおけるスピン状態の制御と観測を行うことである。1)については、重水素化置換などでコヒーレンスの安定化を図ることができ、現在さらに他の条件下においても測定を行っているところダル。2)については、モデル化合物(フラーレン誘導体および伝導性高分子)を用いて、様々な試料形状のデバイス作成が可能となった。3)については、まだ標準試料に対する測定しか行っていないが、比較的大きな試料にも適応可能な共振器のプロトタイプの作製をすでに終えた。4)については、マイクロ波発振器を高強度化した。5)については、次年度の課題として残っている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的のひとつ「光合成タンパクの緩衝剤(pH調整試薬)、溶媒、あるいは同位体の置換など化学的な処理を通して量子コヒーレンスの安定化を行うこと」については、可変の化学的条件が多岐に渡るため、より系統的な条件探索ができるよう模索していく予定である。また、「電流検出ESRに適用可能な微小なデバイス試料の作成を行う」という目的については、デバイス作製時の生体試料の安定性が問題となるので、適切な保護剤の検討を今後行っていく。そして、「光電流の検出と同期した高周波パルスESR実験を実現し、光合成タンパクにおけるスピン状態の制御と観測を行うこと」についても、試料作成と共振器の改良がキーとなるので引き続き行っていく予定である。
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